「小野竹喬展」の気持よさ2010/04/07 07:04

 竹橋の東京国立近代美術館で「生誕120年 小野竹喬展」を見てきた。 小 野竹喬の絵は、清々しくて、美しい。 予想通りの気持よい展覧会だった。 以 前、茅場町にあった頃の山種美術館で、竹喬の展覧会を見て感心したことがあ って、出身地の岡山県笠岡市にある竹喬美術館にも行ってみたいと思ったほど だった。 今回は、その笠岡市立竹喬美術館からも、沢山の作品が来ている。

 展覧会は、小野竹喬(1889(明治22)~1979(昭和54))の作品を、“色” に重きをおく作画へと転じた1939(昭和14)年頃を境に、二つの章に分ける。   (1)写実表現と日本画の問題。(1903年~1938年) 竹喬は1903年に京都 の竹内栖鳳に入門、西洋近代絵画の写実表現をとりいれた栖鳳に学ぶ。 絵の 巧さは天才的で、入口近くに並ぶ「野之道(芭蕉句意)」「洛外の山家」が17 歳、「花の山」「故郷の春」が20歳の作品というのには驚愕する。 この時期 の竹喬の問題は『写実』、それは技法だけでなく、いかに自然の真実をつかむか という葛藤だった。 次第に日本画材で『写実』を追及するのに困難を覚える ようになり、1921年からの約1年間のヨーロッパ旅行をはさんで、東洋絵画に おける線の表現を再認識するようになり、線描と淡彩による南画風の表現に到 達する。

 (2)自然と私との素直な対話。(1939年~1979年) 古い大和絵の表現を 手本として、色の面によって対象を把握し、日本画の素材を素直に活かそうと する画風に転換する。 それ以来、竹喬は温雅な色彩とおおらかで簡潔な形を 特長とする表現を深めていく。 「風景の中にある香りのようなもの」と、自 ら言うものを画面にとらえようと、さりげない自然の表情に眼を向け続けるの だ。 例えば、空や雲を背景として、庭の樹木の枝をみつめる。 黎明、茜時、 さまざまの時間のそれ。 空の色は変化し、雲はいろいろな形を見せる。 晩 年、80歳代の作品の、単純化した、装飾的な画面は、ある種の純粋な、そして 平和な世界、究極の到達点を感じさせた。