行き止まりに、小さな穴をあける2010/04/13 06:54

 井上ひさしさんが亡くなって、75歳と聞くと、つい自分の歳を引き算をして しまう。 あと6~7年か。 仕事をやめたとき、あとはそれに向かっていく だけの日々か、という考えが浮んだことがあった。 自分は定年ではなかった が、定年というものも、同じような感覚を持たせるのかもしれぬ。

 黒井千次さんの『高く手を振る日』(新潮社)の主人公、嶺村浩平は70代に なっている。 ゼミの同級生だった妻の良枝を50代でなくして、独り暮らし、 結婚した娘の希美が週に一度様子を見に来る。 そんな浩平の「やがては すべては行き止まりになるという感覚」に、「小さな穴をあけた」ものが現われ る。 若い頃の日記や、結婚前の妻からの手紙などの入った古いトランクを、 そろそろ整理しようかと引っ張り出したら、缶の中からスタジオで撮ったらし い一枚のポートレートが出て来たのだ。 白い中国服を着て斜め前を向き、す らりとした瀬戸重子は、同じゼミの仲間で、もちろん妻の良枝とも親しかった。  見合い写真ではなさそうだが、明らかに学生時代のものではない彼女の写真が、 なぜそこに紛れ混んでいたのかは、わからなかった。 重子が40代で夫をな くしたことは聞いていて、数年前にゼミ仲間の葬儀で、綺麗に歳を取っている 重子に会い、昔のままに歯切れよい口調の彼女と言葉を交わしたこともあった。

 浩平が冬、近所の家で切り落とした葡萄の小枝を拾って帰り、戯れにコップ にさしておいたら、春、芽を吹き、根も出たので、鉢に移して出窓の縁に置い た。 夏前には十枚近くの葉を持つ苗木のようになって、窓の半ば近くまで伸 びた。 きまぐれに拾い上げた小さな命には、差し当っての「行き止まり」が ないのかもしれぬと、浩平は思いつく。

 娘希美が来て、夫の雅夫クンが会社の同僚の家を訪れ、元気で品のよい、き れいな、その母親と話をしていて、希美の母と同じゼミだったことがわかった という、報せをもたらす。 ゼミの中で結婚した浩平のこともよく覚えていて、 懐しがって、会いたそうな口振りだったというのだ。