喬太郎「宮戸川」〈全〉後半 ― 2015/04/13 06:30
半七とお花、汗みずくになって働き、三、四人も奉公人のいる店になった。 ある日、お花は小僧の貞吉を連れて、浅草へ。 車軸を流すような雨になった。 貞吉が駒形の親戚の家に傘を借りに行って、雷門に戻るとお花の姿がなかった。 みんなで探したが、行方が知れない。 三日、四日、十日…、半年経って、半 七はあきらめた。
それから丸二年、三回忌の法要、橋場の寺に親類が集まった。 行方不明に なった今日を命日と定めたが、ひょっこりとお花が帰って来るような気がする。 私は、この界隈をふらふらして帰る、私をいじめてみたい、と。 歩き疲れて、 船宿へ。 元柳橋まで。 猪牙になりますが。 熱くして五、六本、肴は有り 合いで。 待ってくれ、待ってくれ、と酔っ払い。 兄貴、下りてくれ、お客 様が乗ってんだ。 いいんですよ、お仲間ですか。 一人酒は淋しいと思って いたところで、お相手してくれますか。 亀さん、いけませんよ。 いいんで すよ、話をしながら一杯やりたい。 旦那、出しますよ。 正覚坊の亀と申し ます、今日は休みで。 今日は、家内の三回忌の帰りで。 おかみさんはお若 くて…。 心の中で、限りがつきますよ。 旦那は歳が若いから、後添えをお もらいになるんでしょう。 遊びに行っても、旦那なら、いい女がつきますよ。 俺達は駄目だ。 舟をやってる留なんかと話をして、生涯に一ぺん震い付きた くなるようないい女を抱いてみたいなんてね。
ただね、旦那、たった一ぺんきりですが、素人の女でね、生涯あんないい想 いをしたことがない。 旦那、この兄貴は千三つって言うんですよ。 確かに 俺は千三つだ、だがこれは三つの内の一つ。 二年前、留と徳と三人、休みが 重なった。 金を増やそうと賭場へ行ったが、女郎買いに行くほど儲からない。 安い酒飲んだら、雨が降ってきて、浅草はえれえ降り、雨宿りをしようと雷門 へ、どこの新造か、歯の根が合わない、ガチガチいわせて、倒れていたんです よ。 いい女でね、男三人で引っ担いで行く。 浅草は庭でね、路地から路地 へ、やれたお堂へ、女引っ担いで行って、いい想いをさしてもらいました。 旦 那、グエーもいいんだ、旦那、一度じゃ、もったいない。 二度、三度だ。 み んな、そうで…。 正気じゃない、気を失っていて、あれだけいいんですよ。 俺たちも、がんばったよ。 四度目、わしが女に乗っかって…、わっしのこと を見ました。 あれ、お前、亀だね。 どっかで見た女、その前に働いていた 船宿の一人娘で、お花。 お前、私に何をした。 言わなきゃあいいのに、あ とは口をふさぐだけ。 じたばたできないように、二人が押えて、あっちは首 を、のどぼとけの下のところで、骨がぐいといったのを、今でもここで憶えて います。 女を菰にくるんで、どぼんと投げ込む宮戸川。 その水しぶきが、 今でもまぶたに残っているよ。 ハハハハハ。
そうですか、話し疲れて、ノドが乾いたでしょう。 亀さんとおっしゃいま したね。 一口差し上げよう、お注ぎしましょう。 湯呑を差し出した、その 手をつかんで…、これで様子がカラリとなった。 何です、手をつかんで。 (三 味線が入って)今の話で、汝(うぬ)は女房の仇である。
旦那、旦那。 なんだ、貞吉。 なんだか、ひどくうなされてました、お起 きになりませんと、悪い夢をご覧になったんじゃありませんか。 ここは、ど こだ? 橋場のお寺。 お花は? おかみさんは、下においでで、霊岸島の伯 父さんの三回忌、そろそろお経が始まりますからと。 夢は五臓の疲れか。 い いや、小僧の使いだ。
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