小三治の「青菜」後半2015/07/26 06:06

 イワシが冷めちゃうよ。 ウチのおかずがイワシだってことを、表に向かっ て、撒き散らすな。 みんな知ってるよ。 長屋中に、ぶちまけるな。 頭を ちゃんと焼け、頭。 焼かなくても、猫も、犬も、食っているから。 犬とい っしょにするな。 いい犬なら、高く売れる。 スキ見て、俺を売ろうと思っ ているのか。

 お屋敷で仕事してたら、旦那が、植木屋さん、ご精が出ますねってんだ。 柳 蔭をゴチになった、柳蔭を知ってるか。 こっちでいう直しだろ。 それから 鯉の洗い、鯉だから黒いのかと思ったら白いんだ、洗濯したのか聞いたら、黒 いのは皮だそうだ。 馬鹿だねえ、この人は。 スキを見て、俺の上を行こう と、思ってるんだろ。

 時に植木屋さん、菜はお好きかってんだ。 旦那が手を叩いて、奥や、奥や …。 拝んでんの。 旦那様、鞍馬から牛若丸が出でまして、菜は九郎判官。  義経にしておきなって…、わかるか。 わかるよ、火傷のまじないだろ。 旦 那と奥様との咄嗟の隠し言葉なんだそうだ。 俺は、どなたか、ラクライじゃ ないかって聞いた。 雷かい、それいうなら来客だろ。 お前、旦那様、鞍馬 から牛若丸が出でまして…、なんてことが言えるか。 言えるよ、今聞いたば かりだからね。

 辰公が来た。 酒、持って来い、イワシの塩焼でいい。 お前は、次の間に 隠れろ。 次の間なんて、ないよ。 押入れの中に入ってろ。 このクソ暑い 時に、いやだよ。 一生の内に一度でいいから、やってみたいんだ。

 辰公、ご精が出ますね。 今日、俺、仕事休んじゃったんだ。 それでも、 ご精が出ますね。 遅くまでウトウトして、朝湯へ行ってきたところだ。 朝 湯に、ご精が出ますね。

 時に、植木屋さん。 植木屋はお前、俺は大工だ。 あなた、お酒がお好き かな。 浴びるほどだ。 あなたに、ご馳走をしたい。 どうしたんだ、たか られることはあっても、おごってもらったことはねえ。 汚れてもかまわん、 縁側にお座り。 何を言う、朝湯に行ったばかりだ、縁側なんかないじゃない か、いきなり板の間だ。 ガラスのコップでお上がり。 トックリと猪口じゃ ねえか、本当に、もらっちゃうよ。 上方の友人からもらった柳蔭だ。 こっ ちの直しだそうだな、なんだ、当り前の酒じゃないか。 柳蔭だと思って、お 上がり。 いい酒だな、いつもこんなの、くらってるのか。 あなたは、今ま で仕事をしていたから、口の中に熱がある。 仕事休んで、朝湯に行ったって、 言ったろ。 口の中が、生ぬるい。 湯から帰えって来たんだから、口の中だ けじゃないよ。

 鯉の洗いがある。 イワシの塩焼じゃねえか。 鯉の洗いだと思って、お上 がり。 イワシの塩焼は好きだ、オロシを添えて、うまいね。 脂が乗ってて、 旨い。 それは、ごく淡白なもので、下に氷が敷いてある。 何、言ってんだ。

 時に、植木屋さん。 植木屋はお前、俺は大工だ。 菜は、お好きか。 嫌 いだよ、ガキの時分から菜が嫌えなのは、お前も知っているんだろう。 ここ へ来て、寝返りはずるいよ。 ちょいとは、好きだって、言ってくれ。 じゃ あ、ちょいとは、好きだよ。

 では、台所から取り寄せる、パチ、パチ、奥や、奥や。 いねえのかと思っ たら、押入れに隠れていたのか、汗びっしょりじゃねえか。 二人で、何やっ ているんだ。 旦那様、鞍馬から牛若丸が出でまして、菜は九郎判官義経。 む、 む、む、弁慶にしておきな。

 小三治の「青菜」、なんとも可笑しくて、長く記憶に残る高座になった。