「運命じゃない、人間が始めた事」 ― 2015/12/20 06:32
『母と暮せば』、伸子は甲斐甲斐しく世話をしてくれる町子に助けられ、町子 は伸子に頼られることで自分を持ち直し、二人は何とか生きてきた。 だが、 町子にはこれからの人生がある。 三年が経ち、浩二のことをあきらめて、好 きな人ができたら結婚するように諭すのだ。 しかし町子は、「私たち、もう一 遍生まれ変ってもまた愛し合おうねって約束したとよ」と泣き出す。 このあ たりが、映画の泣かせどころだ。
明るく、よくしゃべり、よく笑う亡霊の浩二だが、心配なのは、母の健康と、 町子のことである。 伸子は浩二に、町子にこう諭したと話すと、浩二は「絶 対嫌だ」と怒り出し、涙をためる。 映画は、浩二が悲しくなり、涙を流すと、 消えてしまう設定だ。
黒木和雄監督の映画『父と暮せば』で、娘の恋人役で登場した浅野忠信が、 『母と暮せば』でも、町子の相手として登場する。 町子と同じ小学校の先生 で、出征の日にメンデルスゾーンのバイオリン協奏曲ホ短調を聴いて出かけた が、戦争で片脚を失くして帰還、勤務先の学校で同じ曲を聴き、涙を流したと いう黒田だ。 子供達には「黒ちゃん」と呼ばれて、親しまれている。 母と 息子は葛藤し、町子の将来を話し合ううちに、浩二は次第に納得するようにな ってゆく。 「町子が幸せになってほしいっていうのは、実はぼくと一緒に原 爆で死んだ何万人もの人たちの願いなんだ」と言う。 だが、町子が離れてい くと、伸子は行き場を失うことになる。
山田洋次監督はインタビューに、こう答えている。 「ぼくはメッセージの ために映画はつくりません。この作品の芯にあるのは、息子に突然先立たれた 母の悲しみはどんなに深いか、ということです。太平洋戦争で何百万人の若者 が死に、その親や恋人や兄弟は同じ思いをした。観客が、母の悲しみや愛情の 深さに涙しつつ「なぜそのような不幸が起きたのか。この地球上で将来起きる ことはないのか」というようなことを、観終わった後でふと考えてくれるよう な作品になってくれていれば、ぼくにとってこれほど嬉しいことはありませ ん。」
浩二が、自分が死んだのは「運命だから」と言うと、母は「運命じゃない、 人間が始めた事」と、きっぱり否定する。
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