いろいろな「私擬憲法」案2022/06/03 07:02

 大日方純夫教授の講演をはなれて、「私擬憲法」について見ておきたい。 「私擬憲法」で辞書や事典をみると、「明治前期に立憲制樹立を求めて私人が起草した憲法案。「私擬憲法」とは個人が私的に憲法について考えを練るの意味。」とある。 『日本大百科全書』などの「私擬憲法」で、その全容を確認しておきたい。 普通は自由民権運動のなかで、民間の個人やグループが自らの国家構想を同志や国民に訴えるために起草したものだが、政府部内の人間が当局者の参考に資するため試案したものもあった。

 政府部内では1873(明治6)年に青木周蔵が木戸孝允に委嘱されて起草したもののほか、西周、井上毅(こわし)、山田顕義らの諸案がある。

 民間の憲法案では、自由民権運動の高揚した1879(明治12)年から1881(明治14)年にかけて、民権各派が作成したものが多い。 改進党系に連なるものに、嚶鳴社案、共存同衆の「私擬憲法意見」、交詢社の「私擬憲法案」などがあり、いずれもイギリス流の立憲君主制を基礎とした議員内閣制を採用している。 なお、嚶鳴社案を継承しつつ千葉卓三郎らの五日市の農村青年グループが起草した「日本帝国憲法(五日市憲法草案)」は人権保障にきめ細かい配慮をしている。 自由党系には、立志社の「日本憲法見込案」、植木枝盛の「東洋大日本国国憲按」などがあり、君主の存在を認めているが、人民主権的な立場をとり、精細な人権保障規定のほか、地方自治、一院制(議会に強い権限を与える)、抵抗権の規定など特色のある構想を示している。 とくに植木案は、連邦制の採用や革命権を認める独自の内容を持っている。 また官権派新聞といわれた『東京日日新聞』(福地源一郎)の「国憲意見」は、国体擁護皇室中心主義を打ち出しているが、君民同治、責任内閣制など立憲主義的側面も示している。

 民権派の各案は、政府の欽定憲法構想に対抗して、国約ないし民約憲法の立場にたっている。 今日40種以上の私擬憲法が確認されている。

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