入船亭扇橋の「不孝者」 ― 2024/05/03 07:04
白熱の後半戦が始まります、と扇橋、新宿で芝居をやったのを、仲入に出た兼好師が観に来てくれて、よかったよ、そっち(役者)で食べな、その名前を僕に頂戴と言った、三遊亭なのに。 二代目が、親の跡を継ぐ、うまく行くのと行かないのがある、噺家だと……。 止めましょ。
「貯めたがる使いたがるで家がもめ」。 山城屋さんに掛け取に行った倅が戻らない、付いて行った清造だけが帰ってきた。 番頭さん、倅を掛け取に出すなと、言ったでしょ、太鼓判を押した任命責任がある。 旦那の、製造者責任もある。 清造、こっちへ来い。 何か、用か。 若旦那は、橘屋さんで謡の会があるんで、ちょっくら聞いていく、終わる頃に迎えに来てくれ、ということでした。 橘屋さんは、たいへんな人で、太鼓や三味線を入れて。 謡の会に太鼓や三味線かい、嘘だな、顔に書いてある。 倅に二円ももらったんだろう。 エッ、二円ももらってない、一円しかもらってない。 こっちへおいで、二円あげますから、仕舞いな。 どこへ行った? 柳橋の若竹という茶屋で。 着物を脱ぎな。 ヤンだ。 それを着て、私が迎えに行く。 ほっかむりするから、手拭も。 何で、お前が私の着物を着てるんだ。
ここだな、ごめん下さいまし、若旦那のお迎えに参りました。 若旦那、下にお迎えの方が…。 遊びは、まだこれからだ、行燈部屋か、蒲団部屋ででも待たしといてくれ。 どうぞ、こちらへ。 物置だよ。 これを、どうぞ。(と、膳をおく) ありがとうございます。 手銭で飲むようなものだ。 つないでいるか、燗冷ましだ。 ない子には、泣きをみないというが、死んだ婆さんがうらやましい。 二階で、倅が歌ってやがる。 案外、うまいね。 私が年取るのも、無理はない。 アッ、違う、間が、まだないんだ、駄目だ、駄目だ。 ほっかむりを取って、待つか。
あら、すみません、酔っ払って部屋を間違えました。 金弥…、金弥じゃあないか。 どちら様で。 私だよ。 旦那じゃあ、ございませんか、すっかり落ちぶれて。 こんなわけで、倅を迎えに来てるんだ。 少しぐらいは、話ができるんだろう。 お久し振りでございます。 何年になるだろう。 こりゃすまないな、こんな酒でも、お前の酌で、味がガラッと変わった。 いい女に、なったじゃないか。 娘離れしてなかったが、いい姐さん振りだ。 いい旦那がいるんだろう。 いいえ、私は一人です。 どんな男だ。 本当に、一人で。 体裁をつくることはない。 本当に、やめて下さい、一人なんです。 だって、私は、旦那に捨てられたんでございますから。 どんな訳があろうと、捨てられた女で…。
ある人の借金が請け判で、おっかぶさって、首をくくろうかと思ったんだ。 借金の肩代わりをしてくれる方が、お前との仲を知っていて、番頭の佐平にみんな聞かせて、ああいうことにした。 店が持ち直すと、私が患いついた。 ようやく治って、前より店が大きくなった。 盛り返す幸せな人だと、他人は言ってくれるけれど、私は胸にぽっかり穴が開いたようだった。 思い出すのは、金弥、お前だ。 心残りは、直(じか)にお前に会って、話をしなかったことだ。 あの時は、すまなかった。
あの後、一度世帯を持ったんです。 若い旦那で、二、三月で道楽三昧、きれいさっぱり別れました。 恥を忍んで、芸者に戻って、二度目のお勤め。 もうそれからは、恐くなって、旦那はいません、年寄はいけ好かないのが多い。 旦那は違います、お酌の内から一本になるまで、面倒をみて頂いて。 女ですから、旦那がそばにいてくれたらと思ったのは、一度や二度でありません。 お前の相談相手として、会ってくれることはないのか。 よくご存じのくせに。(と、膝をつねる) また、会って下さるのね、きっとですよ。 金弥!(と、肩に手を回し、抱き寄せようとする) お連れさん! 若旦那、お帰りです! 親不孝者め。
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