現代史の「常識」見直し、「サッチャー改革という物語」2026/01/03 07:07

 最新の歴史研究によって、現代史の「常識」見直しが進んでいるという新聞記事に、目を見開かされた。 その一つは、12月19日の朝日新聞インタビュー、歴史学者の長谷川貴彦さん、北海道大学大学院教授の「サッチャー改革という物語」だった。

 第二次世界大戦後、英国では労働党政権によって福祉国家が確立され、国民は「ゆりかごから墓場まで」と称された社会保障を享受した。 ちょうど、その頃、私は経済学部でそういう話を聞いていた(1964年卒業)。 しかし1970年代に入ると、それが経済的な非効率や硬直性をもたらし、深刻な衰退を招いた。 袋小路に陥った英国に登場し、危機から救ったのが、79年就任のマーガレット・サッチャー首相による、新自由主義だった。 というのが、今でも繰り返し語られる「成功物語」で、多くの人の頭に染み込んでいる。

 ところが近年、長谷川貴彦さんによると、それが見直されている。 2008年のリーマン・ショック、16年のブレグジット(英国の欧州連合離脱)と米大統領選の衝撃を経て、17年にロンドンで開かれた研究集会「英国のネオリベラリズム再考」以降に、再検討が進んだ。

 「常識」は、二つの物語から構成されている。 一つ目が、戦後の社会民主主義、福祉国家、ケインズ主義は「失敗」であり、その結果、「衰退」がもたらされたという認識だ。 二つ目は、新自由主義の政策的な「成功」という物語だ。 サッチャー政権は、個人の自由を基礎に、国有企業の民営化や労働組合への規制強化、金融市場の自由化などを断行し、それにより英国は景気循環から解放され、持続的な経済成長を成し遂げたというものだ。

 まず「衰退」の物語。 当時の政治家やジャーナリズムは「衰退」の物語を強調したけれど、経済は70年代にかけて成長し、生活水準も向上していた。 歴史家のジム・トムリンソンは、むしろこの時代を、経済成長を遂げた黄金時代の一部と捉え、さらに英国が経験したのは、「衰退」ではなく、「脱産業化」であるとも言っている。 経済の構造変化を捉える重要な視点である。 従来の基幹産業だった鉄鋼業や造船業などが競争力を失って、製造業の拠点が海外に移り、経済の主軸が金融サービスなどの第三次産業へ移った。 これにより、基幹産業で働いていた労働者たちが、職を失ったり、より賃金の低いサービス業に移らざるを得なくなったりして、人々の皮膚感覚として「衰退」として認識されやすかった。 だが、これは後に多くの先進国も体験する構造転換だった。 なのにそれを労働組合の存在や公共部門の拡大が招いた「衰退」とするのは、福祉国家の「失敗」を強調したい人々によるイデオロギー的な虚構であり、それが実態を見る際の阻害要因になってきた、と指摘されるようになった。

 「新自由主義」の「成功物語」も再検討され、サッチャリズムの改革も、実は戦後の福祉国家が築いたストックや遺産を前提として成立したという評価が有力だ。 公営住宅の個人への売却を進めた政策も、公営住宅を大量に建設した福祉国家時代があってのことだった。 脱産業化で膨れあがった失業者を支えたセーフティーネットも、福祉国家時代の政策によるものだった。 つまり、前の時代に蓄積された社会インフラや制度のストックがなければ、サッチャリズムの改革による生活への打撃はより深刻なものになっていただろう。 この観点からすれば、「新自由主義」の「成功」は、福祉国家の遺産に寄生していたことになり、その持続可能性に疑問符がつけられている。

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