「いただきます」と、手を合わせますか?2026/02/07 07:18

1月30日の朝日新聞朝刊、柚木麻子さんの『あおぞら』207回に、弥生さんの用意したちらし寿司を前に、蓮華さんと、秀子さんもサワさんも、「いそいそと箸を取り、いただきます、と手を合わせる」場面があった。 保育園が初めて確立された、戦後、それほど経っていない頃の話だ。 箸を手に持ったままだと、行儀が悪いので、それは措いておいて、「いただきます、と手を合わせる」のは、最近テレビなどで、よく見る。 それを見て、家内などはいつもおかしいと言う。 わが家に、そうした習慣はないし、育ってきた間にもなかった、育ちが悪いからか。 わりと最近の傾向なのだろうかと、ほぼ同年配のLINEの仲間に聞いてみたら、いろいろな返事があった。

 「そうなんです! 違和感がありました。両手を合わせた親指にお箸を渡し「頂きます」と。ドラマなどで見かけますが言葉もお作法も時代で変わっていくのでしょうね。」 「食べ物は、突き詰めると、すべからく動植物から命を頂くのだから手を合わせると理解しています。」 「普段は合わせません、お正月位かな。」 「(関係のある)保育園はキリスト教系なので、手を合わせています。我が家は?!」

 それで「食事」「手を合わせる」で検索してみたら、一つは仏教由来の合掌、もう一つは、キリスト教の指を組み合わせたり、両手を軽く合わせ親指をクロスさせる「祈りの手」(プレイング・ハンズ)由来と、出て来た。 日本の近年のそれは、どうも仏教由来の合掌から、学校給食の現場で広まったのではないか、と考えられた。 いつ頃からなのか、文部省の通達のようなものがあったのかは、わからない。 ご存知の方があったら、教えてほしい。

 中学は明治学院だったが、牧師の息子の友達が家に遊びに来て、一緒に食事をしたら、食前の祈りをしたので、家族みんな神妙に(あるいは、笑いをこらえながら)、それを聞いた。 「天にまします我らの父よ、願わくは、み名をあがめさせたまえ、み国を来たらせたまえ、みこころの天に成るごとく 地にもならせたまえ、我らの日用の糧(かて)を、きょうも与えたまえ…」という「主の祈り」だったか、独自の祈りだったかは、思い出せない。

 「いただきます、と手を合わせる」のは、もろもろの感謝の気持がこもっているのだろう。 気持をぬきにして、一律に押しつけがましいと、ちょっと嫌な感じがするけれど。

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