「とっておきの場所」「大切にしている時間」2026/02/09 07:03

  末盛千枝子さんの「正面に岩手山が見える家」は、屋根まで吹き抜けになっている南面のリビングを中心に、1階に二つ、2階に二つの部屋があり、建てた当時、車椅子の生活になっていた舟越保武さんのためにバリアフリーにしたのが、その後役に立っているという。 「とっておきの場所」に末盛さんが書いている、一番多くの時間を過ごしているのはリビングで、天井まで届く窓いっぱい、岩手山の悠然とした姿と、田畑や野っ原、そこに民家が点在する風景がひろがっている。 何も用事がないと、朝に開けて夕に閉じてゆく絵本のような風景をぼうっと一日眺めて過ごしているそうだ。

 ものを書いたり本を読んだりする東側の窓辺も、大好きな場所で、窓から見下ろせば、季節の花が、目を楽しませてくれる特等席だという。 廊下の突き当たりの書棚も雰囲気があって大好きで、ジャンルを問わず好みの本を並べている。 一番上には、大佛次郎の歴史小説『天皇の世紀』全十巻が揃っている。 50年以上前、朝日新聞に連載されていて千枝子さんが面白く読んでいたことを、最初の夫の末盛憲彦さんが覚えていて、全集が出た時に知らないうちに注文して買ってくれていたのだそうだ。

 「大切にしている時間」に、宵っ張りの朝寝坊で、車の免許も返納した今は外出も自由にできないので、ほとんど家ですごしている、とある。 気ままなもので、日課で決めているものはとくになく、朝はだいたい10時頃から遅めの朝食、メニューはほとんど同じで、クロワッサン、半熟の目玉焼き、ハチミツをかけたヨーグルト、深入りをとって、日中はリビングで岩手山と空を眺めている時以外は、習慣的に身に付いたニュースを見たり、新聞をひとしきり読んだりして、過ごしている。

 一番好きな時間帯は、夕暮れ時だ。 時々刻々と変わっていく景色を眺めながら、考えるでもなく考えたりするひと時だという。 気づくと陽はすっかり落ちていて、山も野原も田んぼも人家もすべてが沈み込んだ闇の中に、ぽつんぽつんと街灯だけが浮かんでいる。 それは、まるで夜の海のよう。 一人になって、風景をこんな風に感じられるのだとしたら、この楽しい時間を手放すわけにはいかない、という。