近くの山村で、赤痢の集団感染が発生、和は避病院を改良 ― 2026/08/07 07:24
高田の知命堂病院は順調にすべり出し、地元はもちろん、遠方からも患者が訪れるようになった。 夏になって、高田から数里離れた山村で、赤痢の集団感染が発生し、県から病院に、防疫に協力してほしいという要請が来た。 すでに村の近くに避病院が建てられ、四日前に隣村の医師によって隔離が行われたが、その後も患者が増え続け、手に負えないという。 院長の瀬尾原始は、内科医の篠田栄吉と和を呼び、翌日の早朝から村へ行くよう指示した。
早速、和は出勤していた8人の看護婦たちを集め、感染の恐れもある危険な任務であると説いた上で、同行者を募ったところ、意外にも全員が志願してくれた。 和は、農村出身の二人の若い看護婦を選び、看護学校時代にまとめた「消毒法」「汚物扱方」「屍体扱方」のノートを手渡し、読んでおいてもらうことにした。
翌早朝、県の用意した馬車の荷台に、いくつもの桶と鋤(すき)、ありったけの雑巾と清潔な手拭、消毒に使う石炭酸、開院時に原始に頼んだ購入してもらった琺瑯製の差し込み便器、その他の看護道具、入院患者用の米を一俵積み込んで、篠田栄吉と和、サヨと清は村へ向かった。 村の入り口で、巡査と役場の助役、用具を携えた二人の消毒係と合流した。 ひっそりとした村だが、石礫(つぶて)が飛んできた。 避病院に連れて行かれたくなくて、隠れているのだ。 手前の家は、心張り棒をかっている。 和は、努めて明るく、「知命堂病院から参りました、医師と看護婦です。診察をさせていただけないでしょうか。米も持って参りました」と声をかける。 引き戸が開き、垢じみ疲れ果てた中年の夫婦が現れ、「助けてくれ。何か食いものを」と夫が泣き出し、妻も中を指さし「子供が死にそうだ」と泣く。三人の子供が横になっていた。 栄吉が診察し、小さく、しかし決然と「避病院へ」と言った。
いつの間にか、村の男たちが集まっていた。 和が、二人を連れて避病院へ行ってもよいかと聞くと、栄吉は「診断は俺一人で出来る、避病院をどうにかしない限り、この状況はどうにもならん。頼むよ」と言う。 和は、体力のある男たちに「鍬や鋤を持って一緒に避病院へ行ってもらえないか、女たちには患者の出ていない家の台所でお粥を作って運んでくれないか」と頼む。 鍬や鋤は墓穴を掘らせるためかと、血相を変えてにじり寄る聞く男たちに、和は「違います! 避病院の外に厠をつくるのです。衛生的な厠を作ることで、あらたな病人を出さずに済むのです」。 子供が避病院にいる、女たち、男たちから始まり、協力する者が出てくる。 和は、男たちに周辺の排泄物を集め、穴を掘って埋めるように頼んだ。 その後、避病院の周りを歩き、村と反対側で、かつ避病院の風下に、よい場所を見つけ、穴をできるだけたくさん掘り、掘り出した土はそのまま脇に置いておくように指示した。 患者は穴にまたがって用を足し、直ちに土で埋めるのだ。
和は、サヨと清をともない、見るからに急ごしらえの粗末な避病院へ足を踏み入れた。 ものすごい臭気の二十畳ほどの小屋に、布団が敷きつめられ、患者が横になっていた。 八割が子供で、中には絶命している者もいた。 医師も看護婦もいない。 和は、「さあ、一刻も早く、ここを居心地のよい場所に変えましょう」と、まずは掃除と換気に取り掛かる。 鋤で汚物を取り除くと、床を水拭きし、石炭酸を薄めた水で消毒する。 目を閉じたままだった子供たちが、きびきびと働く看護婦たちの姿を追う。 和が「今、村でおいしいお粥を作っていますからね」と言うと、見捨てられたと思っていた子供たちの目に光が宿る。
栄吉が三人きょうだいを含む七人の患者を大八車で運んできた。 和は、「衛生状態はかなりよくなりましたが、布団の交換が必要です。もう一棟小屋を建て、重症患者と軽症患者を分けたほうがいいと思います。そして軽症患者用の小屋に台所を作り、食事を定期的に与えるべきです。そうすれば、回復する患者が増えるはずです。」 「わかった。瀬尾先生に頼んで、県に掛け合ってもらうよ。」
和の意見をもとに改良が進められた村の避病院は、入院後の死者数が激減。 衛生環境を整えることの重要性を世間に知らしめた。
最近のコメント