帰ってきたドーダ2008/02/11 07:41

 ちょっと読みたい連載が始まるというので、朝日新聞社の『一冊の本』を取 ることにした。 インターネットで申し込むと、新聞取次店から配達すると1 冊100円で年1,200円だが、本社から郵送すると年1,000円になる、どうしま しょう、という確認のメールがきた。 もちろん、郵送にした。 そうしたら 1月号から、鹿島茂さんが「ドーダの文学史」の連載を始めたところだった。  1月23日に読んでみたい本として紹介した『ドーダの近代史』の続編である。  『ドーダの近代史』も、昨年の2月まで『一冊の本』に連載されていたのだそ うだ。

 鹿島茂さんは『ドーダの近代史』で「ドーダ理論」は世界最強のグランド・ セオリーであるとドーダしたらしく、読者諸氏からそれなら日本の近代政治・ 思想史以外のところでも十分に応用が効く汎用理論であることを証明してみる べきだという意見が多々寄せられた。 そこで文学史で、「ドーダ理論」の切 れ味を試してみることにしたというのである。

 新たな読者のために「ドーダ学」とはなにか? から始めている。 それは、 東海林さだお氏と西荻学派の提唱によって創出された、まったく新しい学問で あり、会話や仕草に始まって衣服や持ち物に至るまで、「ドーダ、おれ(わたし) はすごいだろう、ドーダ、まいったか?」という、自己愛を核としてなされる すべての表現行為を分析、定式化していこうというディシプリンである、とい う。

 鹿島茂さんは、ドーダにサブ・ジャンルの対概念「陽ドーダ」と「陰ドーダ」、 「外ドーダ」と「内ドーダ」を設ける。 「陽ドーダ」というのは、だれがど う見ても、その人はドーダしているとわかるもので、たとえば、銀座の高級ク ラブに現れたIT長者の腕に光る1000万円クラスのローレックス。 「陰ド ーダ」とは、一見したところではドーダしているようには見えないが、実際に は、自己愛丸だし、西郷ドンの単衣とヘコ帯のようなものである。 「外ドー ダ」は、価値の淵源を外国の思想だとか流行に求めて、それへの忠実度をドー ダするものであり、「内ドーダ」は、反対に自分たちの民族や国こそ最高で唯一 無二のものと思い込んだり、日本の自然主義のように告白の赤裸々さや誠実さ を自慢したりする。

コメント

_ やまもも ― 2008/02/11 14:39

吾輩たちの主人は、どうみても、陰ドーダ人間のようにみえてならぬ。いまどき、ネコを飼うには、まず、ペットショップなるところにおもむき、ン十万円ほどのお金をつやすのが通常らしい。主人が、吾輩たちの飼い主になったときのコストは、ゼロ円である。たまにテレビなどを見ていると、おイヌさま・おネコさまが、ご登場になる。「もう、綱吉は死んで、生類憐れみの令は、なくなったはずなんだが……」と主人は、つぶやいておる。にもかかわらず、ノラとして瀕死の状態にあった吾輩たちを、ひろって飼ってくれているのは、我が家のおネコ様をドーダと見せびらかす気がないからにちがいない。もちろん、吾輩たちも、ドーダと、ローレックスの時計のごとくあつかわれるのは御免である。
ところで、吾輩たちの主人は悩んでいるように観察せらるる。『一冊の本』をいかにして講読すべきか。そんなことより、次の原稿の締め切りがあるだろうにと、吾輩たちは心配しているのである。

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