治安維持法違反による投獄2010/02/07 07:43

 映画『母べえ』、治安維持法違反の投獄で、まず思い浮かべたのは、野呂栄太 郎と三木清の名前と、『岩波茂雄への手紙』(岩波書店)という本のことだ。  「等々力短信」第935号『岩波茂雄への手紙』に、こう書いていた。 「1928 (昭和3)年頃から、岩波書店とその執筆者である学者や文化人が、苦難の時 代を迎える。 茂雄あてのそれぞれの手紙の前に、差出人の略歴が付けられて いる。 それを見ると、主に治安維持法によって逮捕、投獄されているのは、 河上肇、久保栄、柳瀬正夢、吉野源三郎、中野重治、久野収、玉井潤次、大塚 金之助、小林勇、羽仁五郎、大内兵衛、三木清(獄死)。 辞職を余儀なくされ ているのが、恒藤恭、美濃部達吉、末川博、矢内原忠雄。 刊行停止や発禁に されたのが、天野貞祐、津田左右吉。 ごく普通の学者や文化人が弾圧の苦難 に遭う、それらの手紙を読んで、言論出版の自由の有難さ、貴重さを感じ、何 としてもそれを守らなければいけないと思わずにはいられない。」

 『岩波茂雄への手紙』巻末の飯田泰三さんの解説によると、三木清と小林勇 の場合はこうだ。 1945(昭和20)年3月27日、岩波茂雄が貴族院議員選挙 に当選した。 翌日、選挙の応援活動をしてきた三木清と、選挙事務長をして いた小林勇が事務所で話しているところへ、警視庁の特高刑事が二人来て、三 木を逮捕した。 警視庁を脱走して逃亡中の高倉テルが三木の埼玉鷲宮の疎開 先を訪ね、三木は一晩泊めた上で、靴や外套を与え、青森までの切符を買って 逃がしたことによるものだった。 三木は小林に「子ども(洋子)のことを頼 む」とだけ言って引かれていった。

 小林勇も、5月9日、鎌倉の自宅に中谷宇吉郎といるところを特高六人に踏 み込まれ、治安維持法違反の嫌疑で検挙され、横浜の東神奈川署に留置された。  前年1月『中央公論』『改造』の編集者が逮捕された、いわゆる「横浜事件」(拷 問で三人の獄死者を出した)関連という名目だったが、要するに前年解散させ られた中央公論社、改造社に続いて、岩波書店をつぶそうということだった。  小林は毎日竹刀でなぐられながら、まず、「岩波新書」が反戦的であり、共産主 義思想によって編集されているのではないかとして追求された。 同じ頃、岩 波茂雄の秘書役などをしていた藤川覚も検挙され、『日本資本主義発達史講座』 について、同様の追求を受けた。 小林が釈放されたのは、敗戦後二週間経っ た8月29日だった。

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