噂話「イギリス王室も大変だ」2013/10/30 06:28

 2010年から一年前の最期までの、批評、エッセイ、書評、挨拶をまとめた、 丸谷才一さん「最後の〈新刊〉」という『別れの挨拶』(集英社)を読み始めて、 思わず噴き出してしまった。

 「英国人はなぜ皇太子を小説に書かないか」という批評文である。 たしか E・M・フォースターの台詞だけれど「小説の読者は自分より下の階級の登場 人物には関心を持たない」というのがある。 帝の皇子(みこ)が臣籍に降下 して太政大臣となり、准太上天皇となり、数多くの恋、色事をする『源氏物語』 は、読者を満足させるのに充分なのだ。 だが、現代のイギリス小説をかなり 読んで来たつもりという丸谷さんには、不可解なことがある。 あれだけ評判 になる王室を持っているイギリスの作家たちが、なぜ王室のことを小説に仕組 まないのかという疑問だ。

 その結論も書いてあるが、それは本を読んでいただくとして、その前に丸谷 さんが、あの人たちも大変なのだなあ、という気持と、結論に通じる伏線の意 味もあって紹介する、イギリス王室の噂話がある。 イギリスの王族は、もと もとその種の馬鹿ばかしさに堪えなければならないように出来ている職業なの だ。 一方では民主化だの近代化だのの真只中で、他方では各地の土俗の猥雑 さに触れながら、君臨しなければならない。 ごく大筋では台本はあるけれど、 細部ではまったく演出がない状況で、古代的なものを演じて見せなければなら ないスターなのである。 毎日新聞の黒岩徹さんに教わった噂話だという。 黒 岩徹さんなら、私も前にその著『イギリス式人生』(岩波新書)を「等々力短信」 で紹介し(第785号1997(平成9)年9月25日)、友達の友達だということ が判明するということ(第786号同10月5日)があった。

 スコットランド名物にキルトという男のはく格子縞(タータン・チェック) のスカートがある。 あれはパンツなしではくのが正式なのだそうだ。 スコ ットランドの連隊ではキルトが制服だが、ときどき反抗心から、パンツをつけ てキルトをはく不心得な兵隊がいる。 そこで将校は、隊員を整列させると、 先に4センチ四方の鏡のついたステッキで点検、確認するのだそうだ。 先年 プリンス・オブ・ウェイルズ、チャールズ皇太子がキルトをはいてスコットラ ンドの山を登ったとき、突風が吹いてキルトがめくれ、パンツが見えた。 そ こで新聞は、

「彼は真のスコットランド人とは言いがたい」

と非難した。

 19世紀の末、スコットランドのブラック連隊がヴィクトリア女王の前でスコ ットランド・ダンスを踊った。 もちろん、服装は正式だ。 兵隊たちは常に も増して景気よく足をあげ、ふんだんにお目にかけた。 女王も初めの内は面 白がって見ていたらしいが、やがてうんざりして、

「もういい。今後はパンツをはくように」

とおっしゃった。 それゆえ、ブラック連隊はキルトの下にパンツをはく決ま りになったのである。