小満んの「穴どろ」前半2014/01/05 06:40

 山崎方代という歌人が面白い、「首のない男が山を下るときすでにみぞれは雪 にかわれり」「足もとの紙幣をだまって拾い取り皺を延しておいとまをする」。  昔は節季払いといって、盆暮は勘定を待ってくれない。 人間、普段が肝心だ。 今、帰った。 どこをノソノソ歩いて来たんだい、算段はついたのかい。 具 合が悪い。 手ぶらかい、三円もあれば、ご飯にパラパラごま塩かけても、何 とかなるのに。 お店に行ったんだ、番頭が、どの面(つら)下げて来たんだ、 と言った。 頭(かしら)の所へ回った、三円貸してやる、こないだの五円を 持って来たら、て言うんだ。 小池さんは、先月なら何とかなったのに、と。  あんた、男かい、生きている甲斐がないね、豆腐の角に頭ぶつけて死んじまい な、消えてなくなれ。 ケムじゃないよ、金をこしらえてきたら、どうする。 手をついて謝る、天井裏を這いずり回る、でも、こしらえないと家に入れない よ、このイクジナシ。

 両国橋の百本杭まで来た、釣りをしているな、ダボ鯊に同情するよ。 本所 あたりをブラブラ、風に吹かれると腹が減る。 「オーイナリサン!」 腹に 響くよ、誰か買ってくれないかな。 三円、三円。 大きな立派な家だ、蔵が 二つもある、金がうなっているんだろうな。 松どん、急いで急いで、遊びに 行こう。 戸を開けたまま、行っちゃったよ。 戸がパタパタあおってる。 大 きな家だなあ。 裏の切戸が開けっぱなしですよ。 あれ、雨戸が一つ開いて る、あそこから出て行ったんだな。 灯りがもれている、上がってみようかし ら。 長い廊下だ、つきあたりが襖、十畳ぐらいの部屋で、飲み食いをしたと みえ、大鉢に煮しめ、大皿に刺身、鯛の塩焼があり、目出度いことでもあって 一杯飲んだんだろう。 腹、減ったな。 ちょいとお知らせに上がったんです が。 酒が入っているよ、この湯呑でやろう、冷たいけど有難い。 これは、 まるっきり入っているぞ。 この家でご馳走になるとは思わなかったな。 箸 を拝借、刺身を食おう。 色が変っちゃあ、しようがないから。

 いい心持ちになってきたな。 「酒飲めばいつか心も春めいて借金取もうぐ いすの声」。 三円、お気の毒だ、三円差上げましょう、なんていう人がいない かな。 カカアが憎らしい、あの顔は木彫りの鬼だ。 謝らせてやりたいな。  カカア、あんなんじゃなかったんだよ。 嫁に来たあくる朝、姉さんかぶりで 飯の仕度をしている、こっちへ来いよと言ったら、真っ赤になって。 「昨夜 より今朝被りたき綿帽子」。 「あなた」ってのが、よかったね。 しばらくし て「お前さん」、今は「おい!」。  赤ん坊が、這い出して来たよ。