立川龍志の「寝床」前半2024/04/11 07:01

 龍志は、邦楽を若い人が勉強しているという。 人気が三味線で、チントンシャンが日本人の琴線に触れるのだろう。 竿、胴、皮。 紫檀、黒檀、猫の皮は、高い。 プラスチックの三味線もあるが、猫じゃなきゃ駄目なんで、中国から輸入している。 中国は、何でもありの国、だが音は(中国の調子で)「チン・トン・シャン」となる。

 長唄、小唄、義太夫、明治から大正にかけて人気があったのが娘義太夫、タレ義太、十三、四の娘が語るのに、熱狂して。 どうする!どうする! どうにかなるのか。 顔面紅潮、髪振り乱して語る。 大家の旦那、旦那芸で師匠を呼びつけて、師匠も褒めるばかりで、不思議なお声で結構、なんて言う。 旦那も天狗になって、所有の長屋の住人や出入りの職人に聞かせようとする。

 茂造は、まだ帰って来ないのか。 卵を二十、晒を五反、用意して、卵は息継ぎに飲む、晒は腹に巻くんだ。 見台は新しいのをお出し。 料理人は、来ているかい。 師匠に一本がた、まけてくれるように言っとくれ、今朝の味噌汁が塩ょっぱかった。 アーアー、アーアー、ウー、ウー! ヴァ!

 茂造、帰ったか。 長屋中、一軒も洩れなく、回って参りました。 こないだ定吉が、提灯屋を忘れたんで、残念がっていた、提灯屋に行ってくれたろうね。 イの一番に。 喜んだろう。 間の悪いことに、ほおずき提灯を三百、明日までにという注文を受けたそうで。 あんな好きな奴はいないのに、悲運な奴だ。 小間物屋は? おかみさんが臨月で。 金物屋は? 流行り病い、熱と咳で立てない。 頭(かしら)は? 成田の講中でゴタゴタがありましたそうで、旦那も偉いが、お不動様には敵わないと申しておりまして。

 豆腐屋は? 法事で、生揚げと、がんもどきの注文を八束(八百)ずつ、明日の朝までに仕上げるそうで。 がんもどきは、つぶした豆腐とすりおろしたヤマイモを混ぜ合わせ、人参、蓮根を刻みまして、牛蒡の皮むきが大変で、包丁で削いで、一晩あくぬきをして、紫蘇の実は漬物屋から買って来てすぐ使うと塩っ辛いので一晩水につけて塩出しをして、黒胡麻と白胡麻を入れるんですが…。 お前、何を言っているんだ、お前にがんもどきの製法を訊いているんじゃない、豆腐屋は来るのか? ですから、来られない。

 お前さん、幾つになった? 四十五。 四十五にもなって、ベラベラしゃべって、誰が来て、誰が来られないと、言えばいい。 誰も来ない、この度は、ご愁傷様で。 用意した物が、無駄になる、ウチの者に聞かせることにする。 番頭はどうした? 昨日の寄合で、二日酔い。 信吉は? 信どんは、脚気で、正座ができない。 長吉は? 長どんは、胃痙攣で、薬湯へ行きました。 藤吉は? 藤どんは、昼に屋根を直していて、義太夫と言ったら屋根から転げ落ちて、寝てます。

 家内は? 奥様は、今日は朝から何か胸騒ぎするとおっしゃって、お子様を連れて実家に。 婆やは? 朝方、何か来たと、ダーーーッと駆け出して。 八十五だぞ。 追手を出して、探させていますが、行方不明で。 梅吉は? 何にしますか。 どっか悪いのか。 梅どんは眼病で、目が悪いから眼病、腰が痛いのが腰痛、引っ越しは日通。 目が悪くても、義太夫は聞けるだろう。 そうです、旦那様の義太夫は結構なので、涙がとめどなく出ます。 涙がいけないと、医者が止めたそうで。 茂造、お前は? エッ、長屋を回って参りました。 具合が悪いのか? 私は、因果と丈夫で。 生意気なことを言うな、お前は聞けるんだろうな。 聞けるか、聞けないか、答は二つに一つだ。 故郷(くに)には親一人子一人の親がおりまして、私にもしものことがあると、親に二度と会えません。

 明日、長屋のみんなに店を空けさせる、壊して蔵を建てる、店の者も皆暇をやるから出てけ。 料理は、犬に食わせる、という訳なんで、ちょいとでいいからウチの二階で、旦那の義太夫を聞いていただけないでしょうか。