柳家三三の「大工調べ」後半 ― 2024/05/31 06:55
何をぬかしやがんでえ、この丸太ン棒!(と、尻をまくる) 婆ア、逃げだすんじゃない。 丸太ン棒とは何だ? 血も涙もねえ野郎だから、丸太ン棒だ。 もとを忘れたか、もとを! てめえなんぞ、どこの馬の骨だか、牛の骨だかわからねえ人間で、この町内に流れ込んで来やがって、洗いざらしの浴衣一枚で、使い奴やってたんじゃねえか、みんなが可哀そうだからって、源六さん、この手紙、あっち持ってけ、こっち持ってけってな。 そこにいる婆アの亭主の六兵衛さんが、焼き芋屋をやっていて、可哀想だってんで、芋を洗ったり、薪を割ったりするのを手伝わせていた。 六兵衛さんが死ぬと、ズルズルベッタリ入り込みやがって。 爪に火を点すように、細く長くけちけち命をつないで、先の六兵衛さんが売ってる時分には、本場の芋で、ふっくらして、薪を惜しまねえから旨かったんで、ほうぼうから買いに来ていた。 てめえの代になって、バチな芋で、薪も惜しみやがるから、芋はゴリゴリだ。 てめえの所の芋を食って、腹下して、死んだ者は、何人もいらあ。
与太、前へ出ろ、トットットッと出るんだ。 ひょっとすると、喧嘩か? 喧嘩だい、お前も毒づいてやれ。 何を? ポン、ポーンと、思っていることを、言うんだ。 この人と、私は赤の他人です。 馬鹿、毒づくんだ。 やい、大家さん、やい大家、ごめんなさい。 ずうずうしいぞ、店賃を取りやがって。 大家が店賃取るのは当り前だ。 どっかから、転がり込んできやがって、大家はコーロコロ、ひょうたんぽっくりこ。 細く短く命をつないで、六兵衛さんが死んでも、香典やらなかったろ。 おれも、やらなかった。
与太、お奉行所にかっこむんだ。 願書は俺が書く、細工は流々、仕上げを御覧じろだ。 お差し込みはならぬ、受け取らない。 もう一ぺん、行け。 お差し込みは、相ならん。 三度目、今度は帰らない、受け取るまで石に齧り付いても。 お奉行所も、根負けした。 政五郎の願書に、与太郎が家主源六に、道具箱を二十日留め置かれ、老母一人養い難し、とあるのを、お奉行様が目にした。
町人は御白洲の砂の上に座る。 お奉行様、御出座! 神田三河町家主源六、ならびに店子与太郎、差添人、大工政五郎、控えおるか。 与太郎、面を上げよ。 与太、頭を、顔を上げるんだ。 その方、何歳にあいなる? 二十六。 電話は止めろ!(前の方で、客の携帯が鳴った) 家主源六、一両二分と八百の店賃が溜まり、道具箱を預かったところ、政五郎が貸し与えた一両二分を持って参った与太郎が、「八百ぐらい御の字だ、アタボウだ」と申したというが、店子が大家にそんなことを申すか、聞き違えではないか。 店子が町役人に悪口を言ったんです。 控えよ。 政五郎、一両二分を貸し与えたのに、八百文を貸し与えなかったのは、仏作って魂入れずだ、八百文を与太郎に貸し与えよ。 与太郎はそれを源六に支払え。 源六は帰宅の上、道具箱を返してつかわせ。 立てッ!
一同、ぞろぞろ腰掛へ下がる。 町内の者が、源六に首尾を聞くと、勝ちましたよ。 もう一度、一同が御白洲に呼び出される。 奉行、源六に尋ねるが、金子の抵当(かた)に道具箱を預かったと申したが、その方、質屋の質株は所持しておるか、持っておろうな。 恐れ入りました、持っておりません。 なに、質株がない、ここな不届き者め。 過料申し付ける。 政五郎、大工の手間は二十日でいくらになるか。 最近、上がっちゃいまして、大まかに日に十五匁でございます。 日に銀十五匁、二十日で三百匁であるな、金五両になる。 源六、与太郎に金五両支払え。 日延べ猶予は、相ならぬぞ。 立ちませーーい!
与太郎、行って五両もらって来い。 お奉行様も言っていたろう、日延べ猶予は相ならんぞ。 持ってけ。 棟梁、もらってきたよ。 墨付きの書面が出来て、またぞろぞろと、お白洲に。
源六、五両払いつかわしたか。 さようか。 政五郎が預かったか。 与太郎、怠け者はいかん、仕事に精を出せ、政五郎も、与太郎が立派な職人になるように、よく面倒を見てやれよ、源六は店子を可愛がってやるように、いいな。 調べは落着、一同、立ちませーーい!
あっ、これ、政五郎だけちょっと待て。 へい。 一両二分に五両とは、これは、ちと儲かったであろう。 へえ、大工は棟梁、調べはごろうじろ。
小人閑居日記 2024年5月 INDEX ― 2024/05/31 07:14
三遊亭兼好の「陸奥間違い」後半<小人閑居日記 2024.5.2.>
入船亭扇橋の「不孝者」<小人閑居日記 2024.5.3.>
柳家権太楼の「つる」<小人閑居日記 2024.5.4.>
日本で最も古い野球部は?<小人閑居日記 2024.5.5.>
『虎に翼』「朝雨?」岩田剛典、慶應普通部<小人閑居日記 2024.5.6.>
『虎に翼』のモデル、三淵嘉子と穂積重遠<小人閑居日記 2024.5.7.>
『虎に翼』「共亜事件」のモデル「帝人事件」<小人閑居日記 2024.5.8.>
「帝人事件」の発端と、『時事新報』武藤山治<小人閑居日記 2024.5.9.>
「『時事新報』のキャンペーンと武藤山治の暗殺<小人閑居日記 2024.5.10.>
「女」の諺、成句、慣用句<小人閑居日記 2024.5.11.>
【女東宮】という言葉から、原武史さんの意見<小人閑居日記 2024.5.12.>
「女」で始まる言葉<小人閑居日記 2024.5.13.>
「女」で終わる言葉を「逆引き」する<小人閑居日記 2024.5.14.>
「夏霞」と「薪能」の句会<小人閑居日記 2024.5.15.>
三田あるこう会「陣ケ下渓谷公園」と和田義盛<小人閑居日記 2024.5.16.>
「三田会だより」・集合写真・昼食・東急新横浜線<小人閑居日記 2024.5.17.>
日本初の近代水道、閉館した横浜水道記念館<小人閑居日記 2024.5.18.>
日本の窓、横浜誕生の物語<小人閑居日記 2024.5.19.>
王冠をいただく水の城、駒沢給水所配水塔<小人閑居日記 2024.5.20.>
福澤先生ウェーランド経済書講述記念日のフランシス・ウェーランド<小人閑居日記 2024.5.21.>
「福澤諭吉と在来産業―酒造業に対する考え方を中心に―」<小人閑居日記 2024.5.22.>
雷門音助の「両泥」<小人閑居日記 2024.5.23.>
柳家さん喬の「そば清」前半<小人閑居日記 2024.5.24.>
短信 チャーチルとケネディ駐英大使<等々力短信 第1179号 2024(令和6).5.25.>
柳家さん喬の「そば清」後半<小人閑居日記 2024.5.26.>
柳家蝠丸の「江島屋怪談 恨みの振袖」前半<小人閑居日記 2024.5.27.>
柳家蝠丸の「江島屋怪談 恨みの振袖」後半<小人閑居日記 2024.5.28.>
五街道雲助の「駒長」<小人閑居日記 2024.5.29.>
柳家三三の「大工調べ」前半<小人閑居日記 2024.5.30.>
柳家三三の「大工調べ」後半<小人閑居日記 2024.5.31.>
最近のコメント