「権力の甘い匂い」2007/12/15 07:32

 向井敏さんの『海坂藩の侍たち―藤澤周平と時代小説―』(文藝春秋)に「権 力の甘い匂い」という章があったので、見ると案の定『風の果て』が出て来た。  重ねていうが、私は原作を読んでいない。 向井さんは、桑山又左衛門と杉山 忠兵衛の対立を、一方が悪辣で、他方が正義派というわけでなかった、とし、 桑山が杉山を追い落とし、藩政を手中に収める段になると、どんな汚い手でも 使いかねない凄腕の政治家として描かれている、と書く。 テレビドラマでは、 杉山忠兵衛が悪役で、権謀術策を弄するのは、もっぱら杉山のほうである。 原 作でも全篇を通じて、桑山又左衛門は寡欲で志操の高い人物として描いている ようだが、政敵追い落としでは、別の面も見せるというのだ。

 向井さんは「又左衛門のそうした内面をさぐりつつ、作者はすべて権力争い の底にひそむ人間の権勢欲、権力欲に考察に筆を及ぼしていく」と書いて、原 作から二か所を引用している。 一つは、藩政の中枢にいて、ひとにあがめら れることが、言いようもなく快いこと。 もう一つは、富と権力を行使しない だけで、その力がいつでも使える手の中にあるという意識がもたらす、不思議 な満足感。

 もしかしたら、テレビドラマが桑山又左衛門をいい人に描きすぎたために、 「尚、足(たる)を知らず」が、よくわからなかったのかもしれない。