「風の果て」尚、足(たる)を知らず2007/12/14 07:48

 7日、「(6日の)夜は藤沢周平木曜時代劇の最後を見て、よくわからなかっ た」と書いた。 NHKが8回連続で放送した『「風の果て」尚、足(たる)を知 らず』である。 原作は読んでいない。 竹山洋脚本のドラマ、けっこう面白 くて、最終回まで引っ張られていったのだが、その最後の何を云わんとしたの かが、わからなかったのである。

 藤沢周平だから荘内藩だと思われる海坂藩、郷方回りが長かった主役の桑山 又左衛門(佐藤浩市)のうしろには、いつも鳥海山がある。 幕末、天明から 天保のころらしい。 かつて剣術道場仲間だった五人、失脚した家老の息子・ 杉山忠兵衛(仲村トオル)だけが上士で、あとは藩政の末端につらなるのさえ 望めない身分だった。 百三十石の下士の次男で上村隼太といった又左衛門は、 農政の達人・桑山孫助(蟹江敬三)家に婿入りしてから、運が開ける。 有能 で篤実に仕事をこなし、郷方回り、郡奉行助役見習、郡奉行、と出世していく。  やがて杉山忠兵衛がクーデターを起こし、首席家老の地位に就く。 その騒動 の中で、剣の腕が立つ桑山が利用され、家老の一員に加えられる。 杉山の引 き、杉山派と目されるが、桑山自身は杉山とは一線を画していた。 太蔵が原という新田の開発に成功、中老にまで登る。 うちつづく凶作と、幕命による 国役で藩財政が窮乏化し、さらに百姓の負担を増やそうとする杉山に、桑山は 異を唱え、杉山の失政を挙げて、追い落とす。 下士から、ついに首席家老の 地位にまで登りつめるのだ。

その大出世のあとも「尚、足(たる)を知らず」、そして老いを感じ体が付いて いかぬと後進に道を譲ることになって、五十の手習いにもまだ「尚、足(たる) を知らず」と書くのは、なぜか。