史料の整理法→明治維新の原因を読む ― 2010/07/12 06:29
講演の資料として配られたプリントに、「宗門改帳」の情報をどうまとめたか、 シート(カード)にしたフォームの実例が3枚あった。 信濃国筑摩郡北内田 村の、BDS(Basic Data Sheet基礎整理シート)、FRF(家族復元フォーム)、 ITS(個人行動追跡シート)である。 BDSは横軸に25年間の年号、縦軸に 世帯を構成する人名が取られ、交差する枠(セル)に年齢(誕生、死、転出、 結婚なども)が書き込まれている。 速水融さんは、小学生の時から今言う「鉄 キチ」、鉄道ファンで、「時刻表」を愛読していたので、「時刻表」からこのシー トを思いついたのだそうだ(最初の開発は1966(昭和41)年)。
資料の後半は、美濃国安八郡西条(にしじょう)村の観察結果のグラフ群で、 戸口数、普通出生率、普通死亡率、結婚年齢と出生数、年齢階層別有配偶率、 年齢階層別出産率、死亡年齢別分布、生命表、出稼ぎ奉公の諸統計、家の継承 の諸統計などである。 西条村の場合、江戸後期97年分(安永2(1773)年 ~明治2(1869)年)の「宗門改帳」が一年の欠けもなく、立教大学に所蔵さ れているものが利用できる。 それから読み取れることは、以下のことだ。 と くに小作農の階層から名古屋、京都、大坂といった都市への出稼ぎが多く、都 市は死亡率が高いから死ぬ者が多い。 その小作層のあとを、あまり出稼ぎを しなかった地主や自作の分家が埋めていく。 大きく見ると、この村、地域、 濃尾地方全体、あるいは京都、大坂、名古屋を中心とする地域全体の人口は、 それほど増えていない。 江戸時代に人口が増えたのは、北陸、西日本(長州、 薩摩を含む)など、そういう大都市のなかったところだ。 長州藩や薩摩藩が、 明治維新の主導力になっていったということは、そういう人口増大による圧力 があったからかもしれない、と速水さんは考える。 関東地方や近畿地方には、 そういう人口圧力がない。 人口圧力だけが世の中を動かすとは限らないけれ ども、明治維新を説明する一つの理由にはなると思う、と速水さんは言うのだ。 (『歴史人口学で見た日本』125頁)
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