鯉昇の「佃祭」本篇 ― 2010/07/22 06:48
神田お玉が池、小間物屋の次郎兵衛は祭好き、女房はやきもち焼き。 佃島 住吉神社の祭礼に、いてもたってもいられず、仕舞船で帰るからと、出かける。 祭を楽しんで、仕舞船に乗ろうとしていたところを、若い女に袖を引かれる。 三年前、お店の金を落として、吾妻橋から身投げしようとしているところを、 次郎兵衛に助けられ、五両恵んでもらったのに、お名前も聞かずにしまった、 という。 そういえばと思い出したが、仕舞船が出てしまった。 やむなく今 は世帯を持って、幸せに暮らしているという、女の家に行き、ご馳走になって いると、外が騒がしくなる。 次郎兵衛の乗ろうとした仕舞船が、客の乗せ過 ぎで沈没、だれも助からないだろうという大騒ぎになる。 女の連れ合いは船 頭で金五郎、ちょっと顔を出して挨拶し、あと始末に出掛けたが、気風のいい 男で、騒ぎが収まったら、舟を出して送ってくれるという。
お玉が池の小間物屋では、次郎兵衛の乗るはずの仕舞船が沈み、助かった者 はいないというので、ご近所が寄り合い、弔いの準備となる。 月番は与太郎 だが、みんなで早桶を誂え、忌中の札を出す。 くやみは、日本人でありなが ら、日本語のないやりとり。
次郎兵衛を引き取りに行く連中に、出掛けのなりを訊かれたおかみさん、薩 摩の蚊絣、透綾(すきや)の羽織、矢立に煙草入れ、下駄は会津の桐で柾目が 十三本、と答えるけれど、水の中に、そのままの姿でいるわけがない。 さら に訊かれて、判明したのが、「左の二の腕に「玉命」の彫り物」。
船頭の金五郎に送ってもらって帰ってきた次郎兵衛を見て、町内の人は「あ ー、ジージー、ジー、ロ」と、言葉にならない。 助かったのは「情けは人の ためならず」とわかり、与太郎は五両持って吾妻橋に身投げを探しに行くが、 なかなか見つからない。 ようやく、川に向かって手を合わせている女を見つ けて、引き止める。 「身投げじゃない、歯が痛いから戸隠様に願をかけてい るんです」「そんなことを言ったって、袂に石が入っているじゃあないか」「こ れは戸隠様に納める梨です」
佃島の女が、命の恩人の次郎兵衛のおかげで、今は船頭の金五郎と立派に暮 らしている。 せめてものご馳走をしたいと次郎兵衛を引き止め、通りすがり の若い衆に、夫の金五郎を呼びにやる話しぶりには、そんな生活の自信がにじ み出ている。 そんな鯉昇の「佃祭」は、じんわりと滲みるものがあった。
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