林家正蔵の「幾代餅」後半2020/01/05 07:17

芝居を打とう。 私が若い時からお世話になっている、野田の醤油屋の若旦 那ということにして。 清さんは、何を言われても、あいよ、あいよ、と答えてればよい。

姿海老屋の幾代太夫、運よく、その晩だけ、身体が空いていた。 清蔵のど こが気に入ってか、一晩、見事にもてなしてくれた。

縮緬の座布団に座って幾代太夫、ヌシ、今度はいつ来てくんなますか? あ いよ、あいよ。 あいよでは、わかりません。 近い内に。 近いとは、いつ?  一年経ったら。 一年とは、長いではありませんか。 一年経たないと、来ら れないんです。 野田の醤油屋の若旦那がかい? 花魁、嘘ついてごめんなさ い、私は清蔵という搗き米屋の職人です。 錦絵で見た花魁の顔が浮かぶと、 胸がどきどき、目がぐるぐる回って、親方に話をして、一年働いた十五両を持 って、逢いに来ました。 お願いだ、また一年経ったら、逢ってやって下さい。  そうでしたか、紙より薄い人情の世の中に、ヌシのような人がいた。 ワチキ は来年三月十五日、年が明けます。 ワチキのような者でも、女房にしてくん なますか。 働いて、また、ここに来ます。 嘘ではありません、ほかの客は 小判とはいえ、嘘と欲、ヌシの本気に惚れました、女房はんにしてくんなます か。 喜んで。 来年の三月十五日、年が明けたら、ヌシの所に参ります。 ワ チキは本気ざます。 女房はんにしてくんなまし。 三十両の紙包みを渡し、 この里に二度と足を踏み入れてはなりません。

 清蔵は、きっとボロボロになって戻って来る、普段通りにしろよ。 来年の 三月十五日、来年の三月十五日、幾代太夫がここに来るんです。 ウチの幾代 が、ウチの幾代が、来るんです。 「来年の三月十五日」と渾名がつき、誰も 清さんと呼ぶ者がない。

 新玉の春、新しい四ツ手駕籠が店の前に着く。 こちらに清蔵さんという職 人さんはお出ででしょうか。 大変だ、「来年の三月十五日」が来ました! 黒 繻子、黒縮緬の幾代太夫、墨絵から抜け出たような美しさ。 清さん、お元気!  三月十五日ざんす。 はい、有難うございます。 親方はじめ、職人たちも、 もらい泣きした。

 再会した二人は、所帯を持つ。 両国の空き店に、幾代太夫の名を取って、 幾代餅という店を出し、大繁盛、三人の子供を授かる。 「傾城に誠なし」と 言われる、傾城にも、こんな誠があったという「幾代餅」由来の一席で。

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