『二十四の瞳』の朗読を聴く<等々力短信 第1132号 2020(令和2).6.25.>2020/06/25 06:57

 Stay Home中、パソコン、スマホで聴くNHK「らじる・らじる」の朗読で、 壺井栄の『二十四の瞳』を聴いた(7月2日まで)。 俳優の藤沢恵麻の朗読 だが、淡々と落ち着いた雰囲気がとてもよく、唱歌なども歌う。 『二十四の 瞳』の映画は、木下恵介監督、高峰秀子の主演、昭和29年9月公開の松竹作 品だから、観たのは中学1年生の時だった。 美しい瀬戸内海、小豆島の岬の 分教場、自転車に乗ってやってくる女先生と12人の子供たちの話だというぐ らいで、内容はほとんど憶えていなかった。

 職員室の隣の宿直室に夫婦で住み込む、定年前の男先生が3、4年を受け持 ち、若いおなご先生が、1、2年とぜんぶの唱歌と4年の女生徒の裁縫を教える。  岬の子も5年からは、5キロ先の本校に通う。 今までのおなご先生は、女学 校出え出え、つまり正規の師範出ではなく、芋女といわれた女学校出の準教員 だった。 大石久子は師範出、本校の先の一本松から8キロの道を、洋服に自 転車で赴任して、村人を驚かせた。

2月に第一回の普通選挙があった昭和3年4月4日のことだった。 担任の 1年生は豆腐屋のソンキ磯吉、米屋の竹一、キッチン吉次、おせっかいのニタ 仁太、網元のタンコ正、大工のマッちゃん松江、ミイさんミサ子、料理屋のマ アちゃんマスノ、庄屋の旧家富士子、内気な早苗、チリリン屋(便利屋)のか べこっつる加部小ツル、泣き虫コトエ。 男5人女7人12名の家庭の事情は、 仁太と小ツルがいれば、すぐに判った。

 二学期の初め、二百十日の嵐の翌日、子供たちと浜に打ち上げられた石を片 付けて、「あわてどこ屋」など歌った後、大石小石先生はアキレス腱を切って入 院してしまう。 唱歌は男先生がオルガンの稽古をして、ドレミでなくヒフミ で、「千引きの岩は重からず/国家につくす義は重し」という「千引きの岩」を 教えたりした。 大石先生を慕う1年生たちは相談し、親に内緒で8キロの道 を歩いて、先生を見舞いに行くのだ。

後任はもうすぐ40歳の「老朽」後藤先生と決まり、大石先生は本校に転任 となる。 不景気、東北や北海道の飢饉、満州事変、上海事変がつづいて起こ り、昭和8年、5年生になった岬の子らの担任となる。 不況でズックの運動 靴やアルマイトの弁当箱を買うのも容易ではない。 軍国主義と治安維持法が 学校にも入り込み、同僚がアカだと警察に引っ張られる。 それは大石先生に 消し難いかげりをもたらし、教壇を離れる。 船員と結婚し、息子2人と娘を 産む。 戦争は夫と娘、岬の3人の教え子を奪った。

 教師になった早苗の計らいで、昭和21年、再び岬の分教場に赴任する。 病 死したコトエの墓、兵隊墓の仁太、竹一、正を参り、5月マスノの料理屋で歓 迎会が開かれる。 早苗、小ツル、ミサ子、松江、吉次、失明して除隊になっ た磯吉が集まる。

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