圓太郎の「文違い」 ― 2009/03/09 07:23
橘家圓太郎は、落語研究会では初めてのトリ、しかも「文違い」はネタおろ し、つまり初演だという。 圓太郎は、師匠小朝ゆずりの軽妙さが取り得だ。 マクラに時事ネタなどを、うまく取り込む。 噺家はサービス業、せめてここ だけはちゃんとやらなければいけない。 天才のように、この一打席に賭けなければ、と。 風邪薬をいっぱい飲んで、腰痛も心配なので、その薬も飲んで、 乾杯の酒をゴクンと飲んだりしてはいけない。 口づけも外側だけにして、ナ カガワはいけない…。 自分の噺をDVDに録ったりして稽古するのだが、調子のいい日は円生を越 えてしまうことがある。 男と女、うぬぼれから、いろんなことが起る、と「文 違い」に入った。
「文違い」、けっこう難しい噺なのだ。 志ん朝のそれが鮮やかな印象に残っている。 半ちゃんという間抜けな江戸っ子、おすみという花魁、喜助どんと いう若い衆、在から来る角蔵というお大尽、由次郎という色男、いろいろな登 場人物を描き分けねばならない。 事実が手紙によって顕れて来る物語展開も、 きちんと聴かせなければならない。 初めてのトリの上に、大ネタの初演、そ のプレッシャーが、圓太郎の軽妙さを殺いでしまったように思われた。 いつ の日か、円生を越えたのを聴きたい。
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