絶望の淵から、光明を見い出す ― 2024/06/09 07:07
杉山養慶が号泣しているのを、霊泉寺の寺男が見つけ、寺で介抱され、恕風和尚と話をする。 寺は詮議場ではない、御仏の御座(おわ)すところ、御仏に心を開くことができたなら充分といわれ、自分の心にのしかかっていた一切を包み隠さず打ち明ける。 和尚は、鯛を食べてもいいが、鱈を食べてはいけない、という。 目が見えたらと嘆いていても何事も始まらない、それよりやりたいという希望を叶えるためにはどうすればよいのか、知恵を絞って考えることだ。 和尚は、唐の鑑真和上が日本に仏教の規範を根付かせるため困難な渡航で何度も失敗し、あげくの果てに失明してしまったにもかかわらず、五度目の挑戦で来日に成功、盲人の身で精力的な布教活動をして、唐招提寺を建立した話をした。 そして、江戸には盲目の鍼灸師が現われて、たいそう評判になっているという噂を聞いた、養慶殿、心の目を開きなさい、さすれば何も恐れるものはない、と諭した。
養慶は数日間よく考えた末、寺に出向き恕風和尚に盲目の鍼灸師について詳しく教えて欲しいと懇願した。 和尚は喜び、江戸の知人に頼んで、調べ上げてくれた。 鍼灸師の名は山瀬琢一、京都生まれで、京都の鍼治療の大家、入江流の門人で、盲人として初の入江流免許皆伝となり、江戸に出て愛宕下で開業、腕が良いので毎日治療客が押し寄せるという。 養慶がぜひ山瀬琢一に鍼療治の手ほどきを受けたいと言うと、和尚は山瀬に手紙を書いてくれ、山瀬も熱意ある若者なら喜んで弟子に迎えたいという返事をくれた。
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