入船亭扇遊の「肝つぶし」前半2025/03/08 07:23

 今年は昭和100年、私は昭和28年生れなんで、72歳とすぐ分かる。 来年から、わからなくなる。 昭和47年に、扇橋に入門したが20歳前後、楽屋には30代の志ん朝、小三治、60~70代の師匠方がいたが、70歳は貫禄があった。 楽屋は当時と様変わりで、今の72歳は軽い、存在感がない。 楽屋話を捨て耳で聞いていたが、色っぽい話が多かった。 今、ほとんどが参加できるのが、病気の話。 尿酸値を下げる痛風の薬を飲んでいる人が多い。 尿酸値の目標は3.7~7.0なのだが、相手が7.5、こっちが8.2だと、勝ったと思う。

 つぎつぎに新しい病気が出て来て、油断が出来ない。 四百四病というが、四百四病のほかに、恋患いがある。 恋患い、今はない、見たり聞いたりしない。 以前は、女性がおしとやかだった……、今も(と、フォローする)。 男性もなる、清水寺の清玄、桜姫。 (花札でも)合うはずがない、向うが桜で、こっちが坊主。

 民、入るぞ、どうだ、具合は? おいおい……、悪い。 医者に診せたのか。 医者には分からない病気で、俺には分かってる。 どこが悪い? 言わない、言うと、お前が笑う。 笑わないから、言ってみろ。 恋患い。 ウフフフフ。 やっぱり笑った。 ヘソが、くすぐったかったんだ。 相手の女は? 言わない。 生れた時は別だが、死ぬ時は一緒の、兄弟の間柄だ。

 表の呉服屋の前を通ったら、お嬢さんが暖簾から顔を出した。 びっくりするほど、イーーーーイ女なんだ。 16、7、色は抜けるように白く、鼻筋が通って、口元が締まっている。 ふらふらと店の中に入ってしまった。 番頭が何を差し上げましょうというので、ついフンドシを一本と、言ってしまった。 晒しを六尺。 すると、その会話を聞いていたお嬢さんが、晒しを一反、はさみで切らずに差し上げておくれ、私のお小遣いで出すから、と言った。 反物をもらった。 後日、長屋の近所でそのお嬢さんに会ったら、ニコッニコッとして、お宅はどこですか、と聞く。 路地に入って、掃き溜めとハバカリの前だというと、お独りですかと聞く。 お独りではご不自由でしょう。 朝は飯屋で、昼は飯屋で弁当を作ってもらい、夜はまた飯屋で。 私がお宅に伺います、よござんすか、お宅に行ってもというから、いいと言った。

 二人で家に入って話をしようとしていたら、番頭が飛び込んで来て、親御さんが心配している、お嬢さんこんな所に来てはいけませんと、いやがるお嬢さんの手をつかんで、外へ連れ出した。 くやしい、と思ったとたんに、目が覚めた。 はなから、しめえまで、夢なんだ。 呉服屋も夢なのか、呆れたな。 しようがねえだろう、もううっちゃっておいてくれ。 あきらめろよ。 忘れることができない。 そんな馬鹿な話があるか。