さん喬の「明烏」 ― 2010/03/05 07:08
田所町二丁目の伊勢屋の若旦那、時次郎が、日がな一日、本を読んでいる。 町内の稲荷祭に行って、子供たちに混ざって太鼓を叩き、手の皮を剥いだり、 お強(こわ)の食べっこをして、子供たちが五杯なのに七杯までがんばり、お 煮染も三杯おかわりをした。 「十九だよ」と親父さん、遊びを知らないので は、商売の切っ先が鈍ると心配して、町内札付きのワル、源兵衛と太助に頼む。 大層流行るお稲荷さんのお籠もりということにして、吉原へ連れて行ってもら う。 大門(おおもん)を変った大鳥居、引手茶屋をお巫女の家、女将さんを お巫女頭ということにして…。 部屋着の左で張肘をして、右で褄を取った花 魁が、厚い草履で廊下をバターン、バターンと歩けば、どんな堅物でも、ここ が吉原だということが分かる。 「こんな地獄に」と泣く時次郎に、源兵衛は 「みんなは極楽と言う、泣く所じゃあなくて、喜ぶ所」
吉原には為来りというものがある。 さっき通った大門の所に、髭のおじさ んが三人いた。 入った人数や人相風体を帳面に付けていて、一人で帰れば、 怪しい胡散臭い野郎だと、荒縄でぎりぎりに縛って留め置かれる。 何年もだ、 こないだは慶應三年から留め置かれたのがいた。 世の中には付き合いという ものがある、大引けになれば大門まで送って行くからと言われて若旦那、一杯 やるのに付き合い、「どんどん飲んでください。私はこれでけっこう楽しゅうご ざいます」。 遣り手のおばさんなるものが、引っ張ると「あなた、こんな所で 働いていて、恥しくないんですか」 この店のお職、No.1、紫という花魁が、 そんな若旦那なら出てみたいという、お見立て。
結構なお籠もり、次の間付き、甘納豆、朝の甘みは乙、起きて、起きて、「起 きなんして」。 「花魁は、口では起きろといいますが、私の足をギューッとか らめて、動けないようにしている」
さん喬が軽妙、楽しげに演じた「明烏」、日がな一日、本を読んで、ブログに 書き綴り、かつて商売の切っ先は鈍りっぱなしだった、誰かさんにとって、苦 い良薬となったのであった。 あはははは。
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