手紙・魯迅・日本人 ― 2010/03/20 06:48
句会のことを書いているうちに、『シャンハイムーン』の出ている『井上ひさ し全芝居 その五』を手にすることができた。 この芝居は、魯迅の手紙の朗読 で始まり、魯迅の死を知らせる手紙の朗読で終る。
冒頭は、魯迅のこんな手紙だ。 「わたしは六種類の文章を書いてきました。 まず、口語体の小説や翻訳、つぎに、文語体の詩。それから雑感文(「ざつぶん」 とルビ)。中国小説史研究家としての学者くさい論文。日記、そして手紙。書い ていてたのしいのは、断然、手紙です。日に少なくとも三通は書くでしょう。 切手代に使ったお金をそっくり貯めておいたら、この上海に小さな家が一軒買 えたにちがいありません。」
幕が下りる前は、第二夫人許広平の北京の第一夫人朱安への手紙だ。 「最 後に、先生のご臨終に立ち会って下さった方々を列記して筆を擱(お)くこと にいたします。朱安さん、これはとてもふしぎですが、みなさんが日本の方で した。内山完造さんにみきさん、デスマスクをとって下さった歯科医師の奥田 愛三先生、そして主治医の須藤五百三先生。」 このセリフに、グッと来るもの があった。 魯迅が同国人に理解されずに孤軍奮闘しているのを助けた、心や さしい日本人がいたことを描きたかったという井上ひさしさんの気持が、よく 伝わって来た。 実際に臨終に立ち会ったのは、妻の許広平と息子の海嬰、魯 迅の弟の周建人、それに日本人の看護婦だったことを「その五」の扇田昭彦さ んの解説で読んだが、そんなことはどうでもいいと思ったほどの感動だった。
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