昇太の「花筏」 ― 2010/04/04 09:02
昇太は噺家になって28年になるが、芸の幅や芸の年輪というものとは関係 ない、薄っぺらな感じ、と自ら言う。 誰が悪いというのではない、静岡で一 人生きている母に、責任を押し付けるわけにもいかない。 日本人は、私、ガ ンバリましたというのが好き、高校野球が好きだ。 青森の地区予選で、104 対0というのがあったが、けしてあきらめない。 野球部は、計算が出来ない んですかね。 レギュラーが打てないのに、補欠が打てるわけがない。 高校 生がうらやましい。 高校生の汗は清々しいけれど、われわれ落語家の汗は、 身体が悪いのか、と思われる。 親も落語家になったなんてのは内緒にしてい て、近所ではサラリーマンということになっている。 たまたま一緒に寄席に 来て「お宅のセガレさんですよね」と言われ、「ちがいますよ」。 野球の選手 はきれいな奥さんをもらうけれど、女の人は何考えているんでしょうね。 野 球選手は寿命が短い、落語家は寿命が長い。 年を取ると渋みが出て来る。 実 は、しゃべり方が遅くなるだけなんだけれど。
「花筏」は、相撲の噺。 大関の花筏が病気で、銚子の先に十日間の巡業を 約束している親方が困って、花筏そっくりの提灯屋に掛け合う。 相撲は取ら なくていい、四股の真似事をするだけで、酒は飲みたいだけ飲んで、食い放題、 日に一両出そう。 やりますよ、十日でなくて百日でも、となる。 網元の倅 の千鳥ヶ浜というのが、玄人相撲を負かして九日まで全勝。 病気という触れ 込みの花筏が、大酒に酔っ払って、池の鯉をくわえたまま木に登って食ったと いうので、十日目の千秋楽には千鳥ヶ浜対花筏の対戦が避けられなくなる。
昇太、爆発とまでは行かなかったが、明るく楽しい高座ではあった。 そう いえば新潮社『波』4月号の吉川潮さんとの対談で、昇太は「理想として、う ちの師匠(柳昇)とか志ん生師匠みたいになれればいいですね。」「いきなりそ こを目指すのもどうかと思うので、とりあえずは長生きしなければいけないん です。最終的にああなればいい。」「僕は今から六十歳くらいまで、若いんだか 年寄りなんだかわからない時代が何年かありますよね。僕はその時代を、一番 大事に切り抜けなきゃいけないと思っています。」と、語っていた。
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