喜多八の「明烏」後半 ― 2016/03/06 06:46
ちょいと待った、確かにここは吉原だよ。 いいじゃないか、もう登楼(あ が)ったんだから。 手前えの親父に頼まれて連れて来たんだ、一間に閉じ籠 って、孔子様の本ばかり読んでいるって、心配してな。 お父っつあんは承知 だ。 親父は変わりもんで、本当は堅い。 孔子様も、弁天様にはかなわない んだ。
笑ってんな、ひっかくぞ。 どけよ、俺が引き受けるよ。 坊っちゃんよ、 テメエいくつになるんだよ。 若え血潮が、流れてねえのか。 真人間になり 損なうよ。 吉原には、吉原のしきたりってものがある。 さっき入ってきた のは、鳥居じゃなくて、大門というんだ。 恐い顔したおじさんが三人、帳面 付けていただろう。 一人で帰ってみろ、胡散臭い奴だと、ふん縛っておくの が、吉原の規則だな。 帰えれ、帰えれ。 それでは、大門とやらまで、お送 り願います。 冗談言っちゃあいけねえよ、あたしたちが依怙地になりゃあ、 二年だろうが三年だろうが、居続けをするんだ。 エーーーッ。(と、泣く) 坊 っちゃん、一杯だけつきあってよ、陽気にやりましょう。 浦里という、絶世 の美人、年は十八、ああいうやさしい若旦那にいっぺん出てみたいという、逆 のお見立て。 座敷が変って台のものが繰り込んでくる。 飲めよ唄えよの大 騒ぎだが、今日ばかりはどうにも盛り上がらない。 坊ちゃん、涙流してる、 機嫌直して、仲良くやりましょう。 花魁の部屋に参りましょう。 アッ、お っ母さん! ずるずる引きずって行く。 その騒ぎに、みんな廊下に飛び出し て見送る。 まるで市中引き回し。
翌朝。 どうだった。 俺のは、私おしっこって、鼻の頭をひっかいて行っ たきり、帰って来なかった、小便が長い、牛じゃないのに。 俺も振られて、 待っている間、部屋ん中あちこち探して、甘納豆を見っけちゃった。 行こう 行こう、帰ろうよ。 坊ちゃんを迎えに行かなくちゃあ。 納まってんのかね、 夜中に男の悲鳴が聞こえたが…。
坊ちゃん、お迎えに参りました。 ちょいと、開けますよ。 どっこいしょ のしょ。 花魁、悪かったな、手こずったろう。 坊ちゃん、謝るよ、辛かっ たろ。 それが、大変けっこうなお籠りで…。 花魁、坊ちゃんを起こしてく れ。 若旦那、皆さんがお迎いにいらしったんですから、お起きなさいましな。 坊ちゃん、起きたらどうなんです。 手前は起きたいけれど、花魁は口では起 きろといいますが、床の中で私の足をギューッとからめて、放さない。 おい、 お前、甘納豆食ってる場合じゃないぞ。 じゃあ、坊っちゃん、あなたは暇な からだだ、ゆっくり遊んでいらっしゃい。 あっしら急ぐんで、ひと足先に帰 ります。 あなたがた、帰れるもんなら帰ってごらんなさい、大門で縛られま す。
文治の「位牌屋」前半 ― 2016/03/07 06:23
ケチと、しみったれとは違う。 あっても出したくないのが、本当のケチ。 お客様で、お旦(だん)になって、ご馳走してくれる方がいる、中には車代を くれない人がいる。 車代まで出して、本当のお旦。 師匠は、ケチを楽しん でいるところがあった。 ひばりが丘で、一年、見習いをした。 電車の切符 を買ってくれない。 券売機の近くに寄らない。 切符の落ちているのを、無 駄にしない。 拾って雑巾で拭いて、二つに分けて袋に入れておく。 ひばり が丘から乗れるが池袋で出られないのと、池袋から乗れるがひばりが丘で出ら れないやつ。 改札で駅員ともめているから、その間に出ろ、と。
独演会のたびに、大泉のマンションの大家さんが、ご祝儀を師匠に十万、み んなに十万、二十万くれた。 みんながもらったのを、よこせと言って、一万 ずつわける。 師匠も一万取って、三万残ると、ジャンケン大会をやる。 そ れに師匠も参加した。
おみおつけ、飲みなさい。 実がありません。 入ってるよ、五年前に山椒 の擂粉木を買った、それがこんなに短くなった、減った分が実になってる。 何 か買って下さい、買いに行って来ます。 下駄が減るから、売りに来るのを待 て。 つまみ菜屋、つまみ菜! 貞、物置からムシロを持って来て、口に水を 含んで、満遍なく吹きつけろ。 つまみ菜屋さん、品物を見てみたいんで、ム シロに開けてくれないか。 どうです、旦那、いいつまみ菜でしょう。 そっ くり買おう。 みんな買うから、少しはおまけ。 それ、一銭で買おう。 い くらと一銭? 全部で一銭。 たった…、よしましょう、暇だと思って、から かってんの。 つまみ菜、これ食えるの、冗談じゃない。 怒っていっちゃっ たよ、貞吉、台所からザルを持って来なさい。 ムシロにくっついているのを、 おつけの実に。
今度は、お昼のおかずを。 芋屋、薩摩芋! オーイ、芋屋さん。 貞、ど こへ行くんだ? ムシロを取りに。 いいよ。 芋屋さん、一本だけ買おうか。 こういう塩梅のでいかが。 貞、そっちへしまっときなさい。 商いが終わっ たら、一服やんなさい。 私も付き合って、一服したい、いい話し相手だ。 い けない、煙草切れてるよ。 芋屋さん、よかったら、その煙草入れ貸してくれ ないか、一服つけさせてもらう。 アッ、雨が降ってきた!(と、煙草を懐に 取り込む) 気のせいだったか。 いい煙草だね。 時に芋屋さん、お住まい はどこ? 神田の鍋町。 買い出しはどこで? 多町で。 目と鼻の先だな、 出がけには天秤がしなっていたろう? はい。 ご家内は? あっしと女房と ガキ、店賃とも四っ人(たり)で。 おまんまは、どうしてる? 出先で食う。 明日っから、うちの台所で食べなさい、沢庵のしっぽくらい出します。 籠の 上に出ているのは、何? 芋だ、芋だ。 芋か、形が面白い、床の間の飾りに するから、一本おまけ。 あんたは、その内に芋屋の大将になるだろう。
文治の「位牌屋」後半 ― 2016/03/08 06:32
もう一服。 アッ、喧嘩が始まった!(と、煙草を懐へ) 気のせいだった か。 時に芋屋さん、お住まいはどこ? 買い出しは? 出がけには? ご家 内は? 後ろにも籠があるね、ぴょんと飛び出しているのは、何? 芋だ、芋 だ。 芋は琉球から薩摩様に献上したというが、形が面白い、飾りにするから、 一本おまけ。 あんたは、その内に芋屋の大将になるだろう。
旦那、いくら取りゃあ、お気が済むんで! まあいいから、貞、しまってお け。 花火が揚った。(と、煙草を懐へ) 気のせいだね。 火事にならなくて よかった。 時に芋屋さん、お住まいはどこ? 神田の鍋町、買い出しは多町 で、出がけには天秤がしなっていた、家内は、あっしと女房とガキ、店賃とも 四っ人(たり)で、おまんまは、明日っから、うちの台所で食べなさいってん でしょう、覚えちゃったよ。 お前さん、物覚えがいい。 けえせ、煙草入れ! ほら。 軽い、薄っぺらになっちゃった、そっくり喫っちゃったな、盗っ人の 家だ! 芋屋、薩摩芋!
私の煙草入れ取ってくれ、私は入れたことがないんだ、煙草を。 貞吉、私 の真似をしなくちゃあいけない、立派な商人になれる。 横丁の仏具屋に使い に行ってくれ。 位牌屋ですね、履いていくものがありません。 こないだ拾 った馬の草鞋、膝につけて、這って行きな。 いやです。 じゃあ裸足で行っ て来なさい。 いつも裸足で、足の裏が厚くなっちゃったよ。
赤ん坊が生まれて、こっちは子守ばかりだ。 お位牌が出来てるそうで。 貞 さん、これだよ。 これ頂戴を致しまして、ちょっと上がらせてもらいます。 一服つけさせてもらいます。 煙草喫むのかい、俺のを喫いな。 煙草盆をお 願いします。 ここへ置いて下さい。 エヘッ、エヘッ!(と、むせる) ア ーー、うまい。 時に芋屋さん、じゃなくて、時に位牌屋さん、お宅はどこで? ここだよ。 買い出しは? ここで作っている。 薬かなんかやってんじゃな いのか、言ってることがわかんねえ。 ここにいるのは、家のもんで? 大き なお世話だ、帰ってくれ。 おまんまは、明日っから、うちの台所で食べなさ い、沢庵のしっぽくらい出します。 乞食じゃないんだ、俺たちは。 後ろの 棚に、出てるのは何? 位牌だ。 小さな位牌だな、床の間の飾りにするんで、 おまけにもらっていきます。
旦那、行って参りました。 出来てたか。 旦那の真似をして、位牌屋の煙 草をこれだけ。 帰りに下駄履いて来ました。 偉いぞ。 これをおまけにも らってきました。 今度生まれたお坊っちゃんのになさいまし。
権太楼の「二番煎じ」前半 ― 2016/03/09 06:39
前方(まえかた)は文治さん、可愛い後輩、いい男です。 陽気で楽しい子 だと思っていたら…、馬鹿でした。 だから、噺家になったんだと思います。
火事と喧嘩は、江戸の華。 町内で火事を防ぐ自衛団をつくって、一人ぐら いはちゃんとしたのをと番太郎を雇うのだが、人生もういいやとくたびれてい る、それではいけないと、町内の旦那衆が回ることにした。 役人がそれを見 回る。 夜回り、日回りする。 みんなで回るんじゃなくて、一の組、二の組 と二派に分けたらどうか。 月番さん、いいところに気が付いてくれた。 一 の組は、月番の伊勢屋の旦那が、黒川先生は拍子木、辰っつあんは金棒、宗助 さんは提灯持ち、と指名する。 伊勢屋の旦那は、番頭から小僧まで風邪で、 丈夫なのは私だけ、誰が行くかとなったら、家内まで私を指差した。
ウォーーッ、寒い。 コツン、コツン。 黒川先生、チョン、チョンでしょ。 拍子木が、たもとから出たくない。 コツン、コツン。 金棒、引きずってい るよ。 ズルズル、ズルズル、コキン、コキン。 何? 石にぶつかった。 ポ チャ、ポチャ。 水たまりだ。 宗助さん、黙っていると、徘徊老人だかどう か分からない、声を出して。 火の用心、火の回り! お安くしますよ、お座 敷遊び…、♪裏の背戸やに ちょいと 柿植えて 柿植えて ちょいと 火の 用心。 ボボボボ、ボヤになるよ。 黒川先生、一つ寒稽古のつもりで。 (謡 で)火の用心、火の回り! よしなさい、方々で明りが点き始めた。 辰っつ あん、吉原(なか)で火の用心をやったことがあるって。 長半纏でね、ちょ いと形がいいんで、女が放っとかない、こっちへ来て一服しなんせ。 煙管の 雨が降るようだ。 ♪火の用心、さっしゃりやしょう! お二階の回りやしょ う! この声で、女がどんなに泣いたかと考えると、罪深いほどで。 ターー ン。 日本一だね。 お上手、お上手。 ♪火の用心、さっしゃりやしょう! 馬 鹿が調子に乗ると、何回でもやります。 オオオオー、わし、腹が減っちまっ て。
着いたよ。 寒かったね。 辰っつあん、後ろを閉めて。 宗助さん、炭を 二つ三つ、放り込んで。 一の組は、分が悪い。 二の組は、暖ったかい思い をしてから、出て行けばいい。 そんなことはございません。 月番さん、家 を出るとき、娘が瓢(ふくべ)に酒を入れて、みなさんでやったらどうか、と。 火の番ですよ、何を考えているんです、あなたなんか止めるのが役でしょう。 駄目ですよ黒川先生、何を考えてる。 年甲斐もなくて、すみません。 貸し なさい、こっちへ。 土瓶、空けちゃって、火にかけてるけど、どうする。 飲 むんです。 お酒は駄目だけれど、土瓶から出る煎じ薬ならいい。 実は、私 も一本持って来た。 湯呑茶碗でやりましょう。
宗助さんは、酒の肴。 これなんですけど、猪(しし)の肉、葱刻んであっ て、味噌を付けて…。 鍋、ないよ! 持って来ました。 猫背だなと思って いたら、鍋背負って町内を歩いていたのか。 いきましょ、いきましょ、急い で、二の組が戻らない内に。 辰っつあん、こっちへ来て、飲みな。 様子が おかしいね、酔ったのか。 月番さんが、酒、捨てちゃあいけないと思ってね。 しんばり棒をかっちゃおう。 お疲れさん、いいですね。 酒は百薬の長って いうからね。
権太楼の「二番煎じ」後半 ― 2016/03/10 06:24
鍋が煮えたよ。 箸が一膳しかない。 回り箸で、黒川先生、年上だから、 二ッつずつ。 猪(しし)の肉は、初めてのような…。 これは美味ですな、 知らないで、年を重ねたのが恥ずかしい。 これは娘に買わせましょう、どこ で売ってますか、宗助さん。 隣町のももんじ屋で、売ってる。 けっこうで すね。 <番小屋で猪鍋食べてシシシシシ>、<猪鍋や北風ぴゅうぴゅう吹い ている>。 よくない、これはよくない。 箸を貸しなさい、伊勢屋の旦那に。 私は葱が好きなんで。 アッ、中の芯がピューッと飛び出て、熱い。 葱が好 きだといいながら、葱と葱の間に肉を挟んでますね。 見っかっちゃったか、 実は肉が大好きで…。 明日も番頭は寄越さない、寄せ鍋をやりましょう。
都々逸の回しっこなんかどうです。 ♪炭俵、もとを質せば、野山のすすき、 月と遊んだ頃もある。 ヨーヨーヨー。
バン! 蒲鉾屋の犬が、匂いを嗅ぎつけたか。 バン! シッシッ! バン! バン! シッシッ! 番の者は、おらんのか。 役人だ! 土瓶を隠して。 鍋 は駄目だ。 宗助さん、そこに座りなさい、あんたが持って来たんだから。 ア ッ、ふんどしにおつゆがしみる。
皆の者、そつがなく回っておるか。 先ほど、拙者がバン!バン!と申した ところ、シッシッ!と申したのは、なぜか。 ここにいる宗助さんが…。 俺 の名前を出すなよ。 土瓶のようなものを隠したようだが、あれは何か。 風 邪で、煎じ薬を煎じておりました。 拙者も一服、所望したい。 しようがな いよ、お役人様に、一献献じよう。 結構な煎じ薬である。 これで同罪だ。 鍋のようなものも、あったようだが…。 あれは、煎じ薬の口直しで。 出所 がよくない。 すまないな、辰っつあん、お相手をして。 駆け付け三杯と申 します。 口直しをどうぞ。 こんなのはどうでしょう、<役人に叱られなが ら猪の味>。 少し味が薄いような気がする。 宗助さん、ふんどしを絞って。 煎じ薬を、もう一杯所望じゃ。 煎じ薬が切れました。 では、拙者もう一回 りして参るので、二番を煎じておくように。
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