国債依存・財政破綻の先例、1945年11月2018/08/06 07:09

 朝日新聞は、シリーズ「平成とは」第2部「国のかたち」3「財政危機」(4 月25日朝刊)に、「借金依存 漂う戦時の空気」という見出しを立てた(原真 人編集委員)。 

 「平成経済はバブルの頂点からの転落の歴史だった。巨大な不良債権の処理 に追われ、大震災や金融危機にもたびたび襲われた。人口減少と超高齢化が本 格的に始まった時代でもある。」

 「そこで国家を運営するのに政府は国債という名の借金に頼った。」「いま、 財政は敗戦時並みのひどさだ。国の経済力を示す国内総生産(GDP)に対する 借金比率がはっきりそう物語る。100%超なら財政不安とみなされる比率は、 敗戦時が200%超。今は230%である。」

 「戦後、国民生活は困窮した。敗戦による国土荒廃と経済の混乱のせいだけ ではない。戦前・戦中に軍事費をまかなうため、借金(国債発行)を重ねた末 の、財政破綻の結果でもあった。」

 「終戦から3カ月足らずの1945年11月5日、政府は「国債を大幅に消却し、 莫大な国庫の重荷を整理する」方針を発表。財産税、預金封鎖、新円切り替え と矢継ぎ早に国民資産の没収に乗り出す。超インフレで国債は紙切れ同然に。 政府は国民生活を犠牲に、巨額の借金を踏み倒した。」

 「いま借金は1千兆円を超え、GDP比は先進国で最悪となった。不測の事態 がおきて市場が崩れ、国債価格が暴落するような事態になったらどうなるか。 かつてのような大増税や超インフレに見舞われてもおかしくない。平成経済は そんな潜在リスクを膨らませた。」

白井さゆり教授の講演、日銀の金融緩和政策2018/08/07 07:15

 5月15日、今年の福澤先生ウェーランド経済書講述記念日の講演会は、白井 さゆり総合政策学部教授の「日本銀行・元審議委員からみた金融緩和の光と影」 だった。 シンガポールから帰ったばかりという赤いスーツの白井さゆり教授、 エネルギッシュな圧倒的な講演だった。 『三田評論』7月号に、グラフ入り の講演録がある。 白井さゆりさんは、2011年から2016年まで日銀の審議委 員を務め、白川方明総裁と2年、黒田東彦総裁と3年、金融政策に携わった。 

日銀は2013年1月に政府との共同声明で2%のインフレ目標(物価安定目 標)を掲げ、その実現のために2013年4月から「異次元緩和」と言われる大 胆な金融緩和を実施することになった。 重要なポイントは三つ、まず2013 年4月、大量の国債と上場株式投信(ETF: Exchange Traded Fund)などの買 入れを始めた。 ETFとは、日経平均株価やTOPIXと呼ばれる株価指標や株 式指数に基づいて投資を行うもので、日銀が直接銘柄を選んで買い入れるので はなく、間接的に株式を買うもの。 この国債・ETFの買入れなどを増やしな がら、2016年1月にマイナス金利の導入を発表している。 これは、いわゆる 翌日物などの銀行間で貸借する金利(超短期金利)をマイナスに下げる政策で ある。 さらに2016年9月、10年物国債の利回りという長期金利を0%に安 定させる政策も打ち出した。

 なぜ日銀がこのような異例の金融緩和を行ったのか。 その第一の目的は、 デフレからの脱却だ。 物価の持続的下落から脱却し、物価上昇率の年2%と いう物価安定目標を達成すること、さらにそのもとで経済成長を実現しようと いうのが、本来の金融緩和の目的だった。 そのために、短期・長期の金利を 引き下げ、株式や不動産などの資産価格を引き上げようとしたのだ。 同時に、 市場や家計の物価に対する期待をデフレマインドからインフレマインドに変え ようとした。

 また第二の目的として、リスク投資の促進が挙げられる。 2013年4月まで の日本では、家計は資産の多くを現金と預金で持ち、多くの企業も収益を現預 金で保有し、金融機関も集めた預金の多くを安全資産である国債で運用してい た。 つまり、誰もリスクを取らない。 しかし、リスクを取らないところに 新しい経済活動はなかなか生まれない。 そこで、家計・企業・金融機関がそ れぞれリスクを取りやすくすることで、経済を活発にしようと考えたのだった。

金融緩和で超円高は是正、株高や企業収益改善2018/08/08 07:16

 白井さゆり教授の講演は、その日銀の金融緩和政策をベースにして、(1)日 本経済の現状と先行き、(2)家計の実感とデフレマインド、(3)日銀の資産買 い入れと国債・株式市場、(4)2018年から始まった世界の異変、に言及した。

 (1)日本経済の現状と先行き。 企業の景況感を、日銀の「全国企業短期 経済観測調査」(短観)でみる。 日銀が金融緩和を開始したのは2013年4月 だが、それ以前の2012年11月末に急激な円安・株高が生じている。 これは、 当時の野田佳彦・民主党政権による国会解散を受けて、多くの海外投資家が次 の総選挙における自民党の勝利と安倍晋三政権の誕生、そして大胆な金融緩和 を予想して動いたためだ。 その意味で、アベノミクスはこの頃から始まった と言え、2018年3月にかけての企業の景況感は、右肩上がりになっている。

 実際の企業のデータでは、アベノミクス以降、経常利益は過去最高水準に達 しているけれど、売上高はほぼ横ばいだ。 企業収益が良好な背景には、五つ の理由が考えられる。 1. 超円高の是正による海外収益の改善。 2. 日本企 業の生産拠点のますますの海外シフト。 3. 2017年は日本を含む世界経済の 同時景気拡大。 4. 原油価格が低水準で推移。 5. 観光客の増加とオリンピ ック特需。

 為替レートと金融緩和。 円の対ドルレートをみると、2007年の1ドル= 120円あたりから2012年の78円前後まで、急速に円高が進んだ。 リーマン ショックで世界中が激しい景気後退に直面する中、日本は円高に見舞われてい た。 景気後退や投資家のリスク回避などの局面で買われる通貨は、円とスイ スフラン。 日本は世界的な経済危機などで経済が低迷して苦しいときに、さ らに円高で追い打ちをかけられてしまうのだ。 なぜ、円が有事の際に買われ るのか。 円が通貨としての価値が安定している「安全通貨」だからだ。 日 本もスイスも、物価上昇率0%前後という低インフレ状態が長く続いている。  そして、インフレ率が低いと、金利も低くなる。 インフレ率が高い新興諸国 では、金利も高いが、景気がよく、ビジネスチャンスも多いので、投資家は積 極的にリスクを取って投資を行う。 金利の低い円やスイスフランで資金を調 達して、金利の高い国に投資をする。 これを「キャリートレード」と呼ぶ。  ところが、ひとたび景気が悪くなると、その逆の動きをして、円やスイスフラ ンが買われることになる。 もう一つの理由として、日本もスイスも対外資産 が大きいことが挙げられる。

 大量の国債とETFの買入れは、白川総裁時代に作った仕組みだ。 黒田総裁 は仕組みを変えたのではなく、買入額を巨額にしたのだ。 異次元と言われる ような大胆な金融緩和を行わなかったら、おそらくあの超円高を是正できなか っただろう。 必ずしも為替を直接の目的にしたわけではないが、結果的に見 れば、あれだけの金融緩和が必要だったと思う。

 事実、それ以降は80円から78円にあった円ドルレートが円安に進み、2015 年には125円まで下がった。 しかし、2016年にまた急上昇している。 こ れは同年1月のマイナス金利導入によるものだ。 白井さんが辞めるちょうど 2か月前で、白井さんは間違った政策だと考え、強く反対した。 海外投資家 は、マイナス金利政策を受けて、一気に円買いへと巻き戻し、急激に円高が進 んだ。 加えて2016年6月23日のイギリスのEU離脱決定で、英ポンドは大 暴落、安全通貨の円が買い進められた。

 結局、マイナス金利の導入で、10年という長期の金利もマイナスに沈み、保 険会社も企業年金も運用難に陥り、銀行も貸出金利が下がって利ざやが取れな くなり、金融システムが不安定な状況に陥る恐れが高まった。 日銀も徐々に 影響を認め、2016年5月にはマイナスに沈んでいた10年金利を引き上げて0% に安定させた。

 その後、2016年11月から急激な円安・ドル高が起こる。 アメリカ大統領 選挙でトランプ氏が勝利したからだ。 法人税減税やインフラ投資、規制緩和 など大胆な景気刺激策への期待から、アメリカで株価が上がり、世界の株価も 上昇、その恩恵を受けた日本の株価も2018年1月まで上昇していく。 さら に、アメリカ経済の好況が予想され、金利も上がった。 つられて各国の金利 も上昇した。

 ところが日本は10年金利をほぼ0%で抑えているため、国際的な動きに連動 せず、日本とアメリカの金利差が世界でほぼ一番開いた。 ドルがほぼあらゆ る通貨に対して全面高になり、円がほぼあらゆる通貨に対して全面安になった。  「トランプ期待」で株価が上昇したため、連邦準備制度理事会(FRB)は4回 にわたって利上げを実行できた。

 2017年は円ドルレートが110円から113円前後という、日本企業にとって やや円安のレンジで安定していた。 円安では輸出が伸びるので、輸出型の製 造業の利益が大きく増加する。 株価も上昇基調だったし、日本経済にとって 良い年だったといえるだろう。

GDP 600兆円達成は困難、原因を諸外国と比較2018/08/09 07:11

 白井さゆり教授は、次に国内総生産(GDP)から、この先の状況を見通す。  われわれが肌で感じる景気は、実質GDPより名目GDPが適しているので、そ れで見る。 2015年、安倍首相は2020年頃までに名目GDPを600兆円にす るという目標を掲げた。 この目標を達成するためには今年(2018年)から再 来年にかけて、毎年平均3%という名目GDPの伸び率が必要になる。

 しかし、この5年間のアベノミクスで大変な金融緩和を行ったが、その間の 名目GDPの伸び率は平均2%。 これを3%にするというのは相当高いハード ルだ。 国際通貨基金(IMF)の見通しによると、今後の日本の名目GDPの 伸び率は1.8%程度。 600兆円という目標は、やはり相当に難しいのだ。

 そこで、名目GDPの伸び率を諸外国、例えば米独と比べると、2012年から 2017年までにアメリカは名目GDPが20%、ドイツは18%の増加なのに、日 本は10%しか増えていない。 なぜドイツが良いか。 ドイツは2004年から 2010年まで人口が減少していたが、移民と難民を受け入れたことで2011年か ら人口増加に転じ、2017年にはプラス0.4%に伸びている。 同年のアメリカ の人口増加率はブラス0.7%、日本はマイナス0.2%だ。

 もっとも、ドイツでは2015年に大量の難民を受け入れたため国民の不満が 高まり、昨年9月の総選挙でメルケル政権は大きく支持率を下げ、連立交渉が 難航した。 それでもドイツは現在も移民を受け入れており、(二世なども含む) 外国人が総人口に占める比率はいまや15%だ。 アメリカも15%、日本は1.6%。  人口減少が名目GDPの伸び悩みと大きく関わっている。

 ドイツ経済が良好なもう一つの理由は、やはりEUという巨大市場を抱えて いることだ。 これは競争力のあるドイツの製造業にとって非常に有利だし、 ポーランドやハンガリーなど賃金が比較的安く輸送コストも抑えられる近隣の 東欧諸国へ、生産拠点を移してきたということもあるだろう。

 さらに、2018年以降、日本との差はますます拡大すると予測されている。 や はり、日本経済を考えるうえでは、諸外国と比較し、日本が伸び悩む原因を冷 静に見て、客観的に検討する必要がある。 そう、白井さゆり教授は指摘した。

物価の実感と実態の大きなずれ2018/08/10 07:16

 白井さゆり教授の講演は、(2)家計の実感とデフレマインド、に進む。 な ぜ人手不足なのに賃金が上がらないのか。 一つには、現在の人手不足を補っ ているのがシニア層で、退職後の再雇用として、短時間・低賃金のケースが多 い。 専業主婦がパートに出た場合も同じだ。 雇用が増えている業種が医療・ 福祉関係で、制度的に賃金引上げが難しいという事情もある。 業績の良い企 業でも、先行きが楽観できない状況では、増益分をただちに賃金へ還元するこ とに慎重にならざるをえないという面もある。

 世帯収入の実態と将来期待。 世帯収入は、2000年に比べると、かなり低い 水準にある。 2012年以降に世帯の可処分所得が増加している最大の理由は、 配偶者が働いて、収入が増えたことにある。 そのほとんどが、預金に回り、 消費の増加に結びついていないのが現状。 「一年後に世帯収入が増えるだろ う」と予想する人の割合は、2012年からほぼ横ばいで、10%にも満たない。  企業収益は好調だが、家計の実感は違っているのだ。

 消費者物価の上昇率を確認しておこう。 そもそも日銀がこれだけの金融緩 和を行った理由は、上昇率2%の物価安定目標を実現するためだった。 2014 年に約2%上がったのだが、これは消費税率を5%から8%に引き上げた影響だ。  それを除けば、2012年から2017年にかけてのインフレ率は0.5%程度。 金 融緩和は物価の大幅な上昇をもたらさなかったのだ。

 ところが家計に過去一年間の物価感を尋ねると、常に上がったと答えている。  実際の統計データではインフレ率がマイナスになっている時でも、そうだ。 さ らに金融政策で重要な、家計が将来をどう予測するかの調査では、今後5年間 のインフレ予想が平均値で4%という高い数値なのだ。 人々は、日銀が金融 緩和をしようとしまいと、今後この国で高いインフレが発生すると予想してい る。 欧州、アメリカ、豪州を見ても、このようなことはない。 日本では、 家計の物価感が金融政策の影響を受けていないということだ。

 どうして物価の実態と家計の実感にこれほどの乖離が生まれるのか。 細か く調べてみると、2003年から日用品の価格が上がり、円安もあって食料価格や 石油価格が高いときもあった。 保険料も上がっている。 手取りが増えたよ うに感じられず、家計は苦しいと思っているので、物価が高いと答えているよ うだ。 加えて、高齢化や社会保障費負担など将来不安(年金・医療・介護) があるので、統計データ以上に高いと感じてしまうのだ。

 先々モノの値段が下がると予想して、安くなるまで待つのがデフレマインド だが、家計調査ではそのために買い控えをしている証拠はない。 デフレマイ ンドがデフレの原因ではない。 ではデフレが続いているのはなぜか。 白井 さんは、家計のインフレ予想こそが消費の抑制を生み出しているのではないか と、考えている。 家計は生活が苦しい、物価は上がってきたし、今後も上が ると思っている。 それでちょっとした値上げにも敏感に反応する。 家計が 物価の上昇を受け入れなければ、企業もコストカットに努めて価格を据え置く しかない。 これがデフレの真実だと思う。 教科書風に考える、需要が減っ てモノの値段が下がり、それが消費者のデフレマインドを生み出して買い控え が起こり、ますます需要が減る、需要不足がデフレの原因ではないのだ。 日 本の現実は全く違うのだ。 そのことを認めて、今後の金融政策を考えるべき だ。