まとめ「個を見つける」〔昔、書いた福沢141〕 ― 2019/10/28 07:17
マナブ、オボエル、サトル<小人閑居日記 2002.8.18.>
1.さとる(私は「悟」と書いたが「覚」だった)は、大江健三郎さんの『鎖 国してはならない』の「きみたちにつたえたい言葉」という渋谷幕張中学「フ ォーラム・21世紀への創造」での講演にある。 つぎのような話だ。
民俗学の柳田国男さんは、勉強することをさす、マナブ(中国の「学」とい う文字の翻訳)というのは、あまりいい言葉じゃない、という。 マナブの古 い言い方はマネブ、先生のいうことを真似ていうことだ。 しかし日本語には オボエルという言葉がある。 オボエルというのは、真似るということじゃな い。 そこから一歩踏み出して、自分の頭で、自分の身体ではっきりとらえる ことを、オボエル(「覚」)という。 柳田さんは古い中国では「学」も「覚」 も同じ使われ方をしたから、「学」の本当の翻訳はオボエルの方が近い、本当の 教育は、オボエルことなんだ、という。 ここで大江さんの話に、イチローが 出て来る。 イチローがメジャーリーグの凄いバッターに「バッティングとは 何だ」と訊いたら「自転車に乗ることをオボエルみたいなものだ」と答えたと いう。 バッティングは、身体で納得して自分のものにするものだ、というこ とだろう。
マネル、マナブから、オボエルときて、その次にサトルがある。 柳田さん は、これにも「覚」という漢字をあてているが、サトルとは、教えられたもの を越えて、教わった以上のことを、自分で発見する、本当の知恵をえること、 だという。
“Capability”(潜在能力)を発揮できる自由<小人閑居日記 2002.8.19.>
3.capability は、大江健三郎さんの『鎖国してはならない』の、中国社会 科学院での「北京講演二〇〇〇」に出て来る。 大江さんは、ノーベル経済学 賞を受けたインドの経済学者アマーティア・セン教授の経済学の、二つの独自 な用語を文学の世界に移して考えをすすめたいという。 セン教授は日本で「福 祉」と訳される言葉に“Well-being”つまり「生活の良さ」をあてて、個人が 持っている生活の機能、たとえば健康であるとか長命であるとか、誇り高くあ る、といった機能すべてが集合して、「生活の良さ」を成り立たせているとする。 そうしたすでに達成された機能に加えて、日本語では「潜在能力」と訳される “Capability”に注目する。 「生活の良さ」が確立されるためには、これか ら機能として達成されてゆく“Capability”が重要で、その達成を妨げる社会 的な要因--たとえば差別、不平等--からの「自由」が必要だという。
大江さんは、中国文学の豊かさ、広さ、深さの検討に、この“Capability” と「自由」の概念を使う。 国民国家の実現を目指した時代、そして人民共和 国成立後にも、いろいろなすばらしい“Capability”が見られたように、中国 の新しい“Capability”の持主たちが、その表現を妨げられない「自由」を獲 得しては、着実に大きい収穫をあげてゆくことを信じているというのだ。 日 本でも、戦後の廃虚のなかから再生へ向けて、日本とはどういう国か、日本人 とはどういう人間かを認識しようとした知識人たちがいた。 しかし、戦後知 識人・文学者の「志」が、現在の若い作家たちや若い読者たちに受け継がれて いるとは思えないので、かれら自身の“Capability”をそれぞれに豊かにし広 く深くしてもらいたい、と大江さんはいう。
まとめ「個を見つける」<小人閑居日記 2002.8.21.>
今朝の秋てふ季語あると妻にいふ 轟亭
昼寝をするせいか、明け方に目を覚すことがある。 口をゆすいで、水を一 杯飲み、また寝てしまうのだが、思わぬアイデアを授かることがある。 城山 三郎さんのいう「神授の時間」だろうか。
大江健三郎さんが「各人が個を見つけるための三つとして」、1.さと(覚) る 2.始造する 3.Capability を挙げたのは、こういうことではないか。 明治維新の時も、第二次大戦後も、福沢諭吉が「独立自尊」という言葉で現 わした「『個』の確立」は、マナブものであって、サトッタものではなかった。 (前者は「一身独立して一国独立する」と福沢が教えたにもかかわらず、後者 は与えられた憲法を受け入れるだけで)日本人の身にはつかなかった。 今、 第三の開国といわれる困難の時代に、若い人々が、その Capability(潜在能力) と自由を発揮して、個人の魂に目覚め、新しい社会を自力で切り開いていかな ければならない。 丸山眞男が福沢の「始造」という言葉を使って、かつてこ の国になかった、さらに世界のどこにも実現されていない新しい構想を作れ、 と言ったように。
こう「まとめる」については、前に読んだ大嶋仁(ひとし)さんの『福沢諭 吉のすすめ』(新潮選書)がヒントになった。
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