三遊亭萬橘の「壺算」2020/07/19 08:03

 どーも有難うございます、何て言っていいかわかりませんが…。 カラッポの客席の前でやることが、このところちょくちょくある。 先輩が、俺、無観客の方が受ける、って言ってた。 コロナで家の中にずっといた、2カ月ぐらいはいた。 お金は入ってこない。 実家、愛知県のお袋が心配して、初めて電話してきた、「どうなってんの謹慎は?」 謹慎じゃない、自粛。(眼鏡を外す)客がいるわけじゃないから、いらない。 子供二人の四人家族、その中でもすべる、受け方がわからなくなる、権威がなくなる。 息子と娘が小学生で、スーパーファミコンをやってる。 中学生の頃、スーパーマリオやってたから、出来る。 尊敬される。 息子が私の前に手を付いて、「3年をクリアして頂けないでしょうか?」

 先輩の背中を見てがんばる。 お前の言ってんのが、わかんない。 かみさんが、兄貴は買い物上手だから、高い物を安く買ってくれる、一緒に水ガメを買いに行ってもらえって。 なら瀬戸物屋が並んでいる瀬戸物横丁へ行こう。 お前、店を選んでみろ。 あそこ。 だめだ、強そうな男が立ってる、いざという時、かついで逃げるから。 泥棒だ。 究極の買い物上手は泥棒だ。 あの店は? だめだ、箸置きを買おうとして、大きな狸の置物を買わされてる。

 老舗を選んでもだめだ、新しい店を選べ。 木口が新しい店がある、ここにしよう。 おたくは新しいの? 店は立て直したが、暖簾は十代。 やり甲斐を感じる。 水ガメ、見せてくれ。 小さいのが一荷(カ)入りで3円50銭、大きいのが二荷入りで値段も倍。 お前、値切ってみろ。 これ、まからないか? まかりません。 代わろう、あーーあ、いい天気だ。 うちはまかりませんよ。 お前、いい男だ。 まかりません。 こ(れ)っからだ、見てろよ。 お前が番頭か。 脅かそうってんですか。 (床に手をついて、頭を下げる)土下座はダメです。 こいつのかみさんに、おれが買い物上手だからって頼まれてきたんだ、こいつのかみさんは柔道三段だ、なんとかしてくれ。 3円で、持ち帰って下さいよ。 気が変わるから、担いで行こう。

 兄貴、うちのかみさん、二荷入りの水ガメ買えって、言ったんだ。 いいよ、戻れ。 あなた、先ほどのお客さん。 覚えていたか。 土下座した客はいない、忘れ物ですか。 忘れ物じゃない、こいつ馬鹿で、馬鹿の顔してるだろ、二荷入りの水ガメ買うんだった。 大きさも、値段も倍です。 3円の倍、6円……。 頼むからまけてくれ、こいつのかみさんは柔道三段、剣道二段。 しょうがないな、おかみさんに免じて、6円でお売りします。 この一荷の水ガメ、引き取ってもらいたい。 3円です。 ここに3円ある。 さっき払っていただいた3円です。 3円と3円で、6円だ。 どうぞ、二荷入りの水ガメ、お持ち帰り下さい。 早く、担げ。

 兄貴、俺、払ってないけど。 いいから、行け。 あいつ、馬鹿なの。 大きな声を出すな。 お客様、お戻りになって下さい。 ちょっと分からなくなって、さっきはあったのに、3円しかない。 一荷入りの水ガメ、下に取ったろ、下に取った3円と、この3円で6円だ。 勘定が合いました。 どうぞ、お持ち帰りになって下さい。

 兄貴、何であいつ納得したの、馬鹿だね、馬鹿。 大きな声を出すな。 お客様、お戻りになって下さい。 二荷入りの勘定が合わないんで…。(と、泣く) あなたたちがいる内は、合うんです、担いて行くうなじのあたりを見ると、あやしくなる。 貞吉、ソロバンを。 3円入れて、一荷入りを下に取った3円入れるんだろ。 (止まる)ここに、何かがある。 6円です、勘定が合う。 私、一人でやってみます、3円入れて…。 後ろの方、こいつ馬鹿って言うの、やめて下さい。 ちょっと待って、3円入りました、6円。 貞、代わって、お客さんだ、花瓶ですか。 花瓶、1円です、まけません。 うちは、絶対まけません、まけると分からなくなる。 落ち着け、落ち着け、たとえ話をしよう、そこにある招き猫20銭、二荷入りの水ガメとすると……。 もう駄目だ、結構です、二荷入りの水ガメ、お持ち下さい。 うちの店に平和を。 貞、塩を撒け。

 まったく兄貴は、買い物上手だな。 よせってんだよ。

 番頭さん。 貞吉か。 いいんですか、あの二人、持ってっちゃいますよ。 いいんだよ、今、考えたら、隣の店で二荷入りの水ガメ、3円で売ってんだよ。