柳亭市馬の「青菜」上2020/07/20 07:07

 お馴染みのところで、失礼いたします。 蜀山人に「涼しい」ってのは、どういうことかと聞いたら、「庭に水新し畳伊予簾(すだれ)透綾縮(すきやちぢみ)に色白の髱(たぼ)」。 「暑い」のはどうか、「西日さす九尺二間にふとっちょの背なで子が泣く飯(まま)が焦げつく」。

 植木屋さん、ご精が出ますね。 お屋敷の旦那が、休んでいる植木屋に、いきなり声をかける。 煙草を喫んで、仕事の段取りを考えているところで…。 毎日来てくれて、植木を整え、水を撒いてくれると気持よい、渡る風が涼しい、下女が撒くとびしょびしょになる、やはり商売人は違う。 お屋敷だから渡る風が涼しい、長屋の奥の突き当りのウチなんぞ、生ぬるい風、化け猫の出そうな風が吹く。 今一杯やっていたところだ、私はちびちび舐めるだけだが…。 ご酒は、お上がりか。 銭があるだけ飲みます。 ごちそうしよう、縁側におかけなさい。 汚れてますから。 遠慮せずに、おかけなさい。

 大阪の友人にもらった柳蔭、ガラスの猪口でお上がり。 旦那のお酌なんぞ、とんでもない、自分で頂戴します、柳蔭、幽霊の出そうな酒で。 ん、これ、直しのような味がします。 東京では直し、大阪は柳蔭という、浪花の葦も、伊勢で浜荻。 うまいですね、冷えてて。 あなたは日向で仕事していたから、口の中に熱がある。

 鯉の洗いは、どうだ。 鯉の洗いてえのがあるとは聞いていましたが、真っ白いんですね、石鹸つけて洗ったんで。 鯉の黒いのは皮、外套だな。 鯉の黒いのが外套なら、鰻はズボンですか、近頃ズボンじゃなくて、シャッポばかり食ってる。 下に氷が敷いてある、酢味噌で。 シャキシャキして旨い。 淡白なものだ、冷やしてあるのが値打ちだな。 氷の上に寝そべっている、アザラシみたいなもんで。 氷、頂きます、ルルルルー、ルルルルー、(頭を叩いて)この氷は、よく冷えてますな。

 植木屋さん、菜のお浸しはお好きか。 でえ好きで。 今、取り寄せよう。 ポンポン(と、手を叩き)これよ。 お呼びでございましょうか。 奥や、植木屋さんが、菜のお浸しがお好きだそうだ、持ってきておくれ。 旦那様、鞍馬から牛若丸が出でまして、菜は九郎判官。 義経にしておきな。 植木屋さん、すまない、菜がないようだ。 お客さんじゃないんですか、鞍馬さんとか、牛若さんとか。 ウチの隠し言葉、奥が洒落たんだ。 菜は食ろうてしまったというので、よしにしておけ、義経にしておけ、と言ったんだ。 恐れ入りました、お屋敷の隠し言葉ですか、訊かなけりゃあ生涯知らないところでした。 奥様にご懲役……、いや、ご教育がおありになる。 ウチのかかあなんざ、顔中口にして、三銭買った菜がいつまでもあるかい、早く鰯食え、冷めるからって。

 お酒が義経になりました。 別の酒ならあるが…。 冗談で、これだけ頂けば十分です、ごちそうさまでした、明日また一番で参ります。