教養添削落語「鼓ヶ滝」2005/11/27 07:10

 同じような立場の小米朝が、さぞ大変だろうと同情する正蔵、「もう正蔵です。  こぶ蔵という人はいません」と、出た。 芸の本をいろいろ読んだが、行き着 くところは、自分が感動しなけりゃあ、いい表現者にはなれないと、「鼓ヶ滝」 に入る。

 有馬温泉の近くにある景勝地、鼓を横から見た形、あるいは音から、その名 がついたと諸説ある。 歌人(うたびと)が滝の景色を歌に詠もうとしていて、 樵(きこり)に会う。 樵は山へ芝刈りに入って行った。 歌人は、たんぽぽを 「つつみ草」ということを思いついて「伝え聞く鼓ヶ滝へ来て見れば沢辺に咲 きしたんぽぽの花」と詠むことが出来た。 喜んでいると眠くなり、松の根方 で寝込んでしまう。 目を覚ますと暗くなりかけていて、先に進むと、どんど ん山奥に入ってしまい日も暮れて、狼が鳴く。 道に迷って困っていると、明 りが見えて、爺さん婆さんに孫娘お花の住む家だった。 五穀(米・麦・粟・ヒ エ・豆)の粥に、空腹も満たされた(味噌汁も、澄まし汁もなく、永谷園もなか ったが…この「永谷園」は感心しなかった)。 爺さんたちが、歌を詠みあうの が楽しみというので、さきほどの歌を披露すると、爺さんは一つの手直しで天 下無二の歌になるという。 「伝え聞く」を「音に聞く」に直されよ、という のを歌人は「お受けする」。 すると婆さんがあと一つ「鼓ヶ滝へ来て見れば」 を「鼓ヶ滝を打ち見れば」と手直しし、これも頂戴する。 孫娘のお花坊まで もが、「沢辺」を「川(皮)辺」に直せという。 「音に聞く鼓ヶ滝を打ち見れば 川辺に咲きしたんぽぽの花」 歌人は、慢心しておりました、実は元・禁裡北 面の武士、佐藤兵衛尉憲清の、西行だと名乗る。 爺さんは、西行と聞いて、 女房・子を足蹴にして出家したそうな、素直な心が歌心だと説いたところで、 歌人は「おい起きろ」と、さっきの樵に起された。

 話を聞いた樵、沢山の歌人がここで歌を詠み、眠くなって夢を見た。 あの 三人は実は和歌三神(住吉明神・玉津島神・人麻呂)なのだ。 手直しを受けた 歌人は、あなたが初めてだ。 素直な方だ、よい歌詠みになる。 落ちは「こ こは鼓ヶ滝だ、けしてバチは当たらない」。

 正蔵は、こうした人情噺、名人伝の類に力を入れている。 一生懸命、素直 につとめているが、笑える滑稽噺もやってもらいたいと思う。