扇辰の「匙かげん」後半 ― 2014/01/08 06:35
ばあさん、悪い奴が来たら、ギュウという目に合わしてやろう。 猫のタマ の飯茶碗を膳の上に置いて、鉄瓶の湯を沸かしといてくれ。 叶屋がやって来 た。 さーさどうぞ、お上がり下さい。 派手な商いをなさっているそうだか ら、まさか手ぶらじゃないだろう、お茶出しな。 叶屋は、とり急いでお茶代 代わりにと包んで、お納め頂いて、と差し出す。 引っ張るな、これは私の分 だ、お前の分はまだだ。 おかみさんに、これで髪油でも買って頂いて。 ま だ、猫の分は頂いてない。 お猫さんに、鰹節代。
どうしました、今日は、どんな御用でいらっしゃったんですか。 話はうま くまとまりましたから、ご安心を。 お那美さんは、若先生の所に置いておく ということで。 年季証文はあるのか。 さあね。 年季証文が口を利くんだ。 紙だけに、ペラペラ言うのか。 何を! 俺も若い時は太く短く生きて、暗い所 で臭い飯を食ったこともあるんだ。 と、つかみかかって、膳をひっくり返し、 猫の茶碗を割る。 大家は湯の沸いた鉄瓶を投げつける。 ふざけるな、訴え てやる。
南町奉行所、大岡越前守のお白洲。 医師安倍玄益、年季証文を持参いたし たか。 なければ、身請けしたことにはならぬ。 即刻、お那美を引き渡せ。 叶屋、松本屋は、引き受けるように。 これにて、一件落着。 玄益、うろた えるな、時に、お那美が全快するについては、知恵の出しよう、匙かげんとい うものがあったであろう。 その手当代、薬代は、その方らが払うであろうな。 叶屋、松本屋が、手当代、薬代を払うと申して居る、玄益、狂気せん者を治す 薬代は高いであろうな、保険も利かぬであろう。 いささか高うございます。 一服、いかほどになるか。 (大家が)二両とおっしゃい。 二両でございま す。 日に何服飲むのか。 朝昼晩三服。 一日六両、半年で結構な額になる な。 (しばらく計算に時間がかかり)何を笑うておる。 千二百六十両、消 費税込み、即金にて支払え。 それはいくらなんでも法外で。 人の命の値段 である。 支払えねば、双方下がれ、示談に致せ。
カラス、カアと啼いて、お家主様、品川の叶屋でございます。 布団を当て て。 派手な商いをなさっているそうだから、まさか手ぶらじゃないだろう。 これ、おかみさんに、これ、お猫さんに鰹節代で。 慣れたね。 示談という ことでお願い致したい。 まず証文を頂きましょう。 こんなもの、破いて、 燃しちまおう、これで、一件落着だ。 これで私は失礼します。 この一件は 落着だが、もう一件、ウチの大事な茶碗を割った話がある。 我家に先祖代々 伝わる銘品なのだ。 あれは猫の飯茶碗だろう。 いいや、高価な品を猫の飯 茶碗にしている話はほかにもある。 三十両にまけといてやる。 それはいく らなんでも法外な、都合二十四両の損になる。 書いた証文が、口を利いただ ろう。 いえ、欠いた茶碗が利きました。
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