入船亭扇遊の「鰍沢」前半2024/03/12 07:14

 浅草は、インバウンドの人が多くて、外国語ばかりが聞こえてくる。 楽屋に入ると日本語なので、ホッとする。 お江戸日本橋七つ立ち、午前4時頃だから、初上り 行列揃えて あれわいさのさ こちゃ高輪 夜明けの提灯消す、となる。 五街道、といっても人間国宝じゃございません。 冬の旅は、寒さや雪、豪雪となったら大変。 雪で喜ぶのは、子供と犬。 犬が言うのには、寒いから、ヤケになって駆け回っているのであって、雪やこんこんの歌は、不適切にも程がある、と。

 昔、人家のないところで、ひどい雪になったな、心細い。 南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、一筋の灯が見えた。 こんばんは、こんばんは! どなた? 旅の者ですが、この雪に降り込められて困っている、近所に旅籠はありませんか。 旅籠は、ない。 一晩、土間の隅にでも泊めていただけませんか。 寒さを凌ぐだけならできる、お入んなさい。 焚き火に、合羽や草鞋を干して、お当たんなさい。 ありがとうございます。 私は、江戸は芝の絵草子屋で大川屋新助、おかみさんは命の恩人、火が何よりのごちそうです。 火は、搔き回すと、よく燃えます。

 火が盛んに燃え、明るくなった。 藍微塵の着物に、博多の帯をきりっと締め、綿入れは五十三継ぎ、別名東海道、頭は櫛巻きにして、色は抜けるように白い、鼻筋のつゥんと通った、絵から抜け出たようないい女で、ただアゴからノドにかけて疵がある。 おかみさんは言葉からすると、江戸の方で? 江戸、観音様の裏手におりました。

 もしやあなた様は、熊蔵丸屋の月の兎(と)花魁じゃございませんか。 四、五年前の二の酉の晩、吉原(なか)へ繰り込み、酔っ払いの相棒と二人で登楼(あ)がって、その相棒が馬鹿騒ぎをしたのを、憶えていらっしゃいませんか。 あの時、私の敵娼(あいかた)が花魁で、たいへん親切にして頂きました。 心中をなさったとか聞きまして、以来吉原には足も向けない、世間の噂ですが…。 心中をし損ないましてね、恥の上塗り、溜に下げられるところを、二人で甲州の山の中まで逃げ伸びて来ましたが…。 お連れ合いは? 薬屋のしくりじなので、半年猟師をして、あとの半年は熊の膏薬を売り歩く。 芝居の二番狂言と同じ、黙阿弥でも書きそうな話で。

 三両ばかり包んで、差し出す。 せっかくですから、頂いておきます。 お酒でも一杯、地酒なんでうまくはないけれど。 玉子酒なら、ちょいとこしらえます。 燗鍋に卵を二つ落とすと、すぐに出来る。 大きな器で、頂戴いたします。 フウ、フウ、おいしゅうございます。 昔、会ったことは、亭主には言わないように、私は熊で。 口が裂けても、申しません。 急に酔いが回ったようで。 奥で横になったら。 ご挨拶は明日ということで、煎餅蒲団に柏餅となる。

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