世田谷区役所展望ロビーと松陰神社2024/06/18 07:01

 翌10日が雨で、11日は、わが家の歩こう会。 世田谷区が工事中の区役所のうち、一部が完成した区民会館のある東館の10階展望ロビーを公開しているのを見がてら、私が行ったことのなかった松陰神社に行った。 渋谷行きのバスで三軒茶屋へ、私はてっきり自由が丘から大井町線、二子玉川回りで行くのかと思い、降りようとして叱られる。 乗っていれば、三軒茶屋まで行くのだった。 三軒茶屋から世田谷線、だいぶ前に家内の年金の手続きで上町の社会年金事務所に行って以来、ひさしぶりに乗って、松陰神社前駅まで。 駅前で、歩いている人に区役所への道を尋ねると、親切に教えてくれた。

 まだ全部が完成していない区役所東館では、ちょうど区議会が開かれていて、傍聴もできるようだった。 10階の展望ロビーのモニターにも、中継が流れていた。 西南が望める展望ロビー、残念ながら富士山は見えず、景色も余り芳しくなかった。

 一階の受付で、松陰神社への行き方を聞き、国士館大学の信号を右折して、若林公園の前を通り、松陰神社へ。 国士館大学というと、蛮カラのイメージがあったが、女子学生がたくさん今どきの恰好をして歩いているのだった。 松陰神社、手水舎の手の洗い方が、ちょっと心配な柄杓でなく、チョロチョロ水が流れている方式だったので、写真に撮る。 松下村塾が模して建てられているが、雨戸が開かれるのは土日祭日の由、中を覗けない。 実は、私は福沢諭吉協会の旅行で萩の松陰神社に行き、本物の松下村塾を見ている。 城下町全体と日本海を見下ろす高台(田床山麓)で、吉田松陰の墓にも行き、同所で松陰の出た杉家、杉道助さんの墓も服部禮次郎さんに倣ってお参りしたのだった。( “中津へ”(5)萩で吉田松陰の史蹟を巡る<小人閑居日記 2009. 11.17.>)

  吉田松陰語録から
百年一瞬耳(百年の時は一瞬に過ぎない)
君子勿素餐(君たちどうかいたずらに時を過ごすことなかれ)
仮令(たとい)獄中にありとも敵愾(てきがい)の心一日として忘するべからず。
苟(いやしく)も敵愾の心忘れざれば、一日も学問の切磋怠るべきに非ず。

  吉田松陰の辞世
身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留めおかまし大和魂
かくすればかくなるものと知りながら已むに已まれぬ大和魂
親思ふ心にまさる親心けふのおとずれ何ときくらん