圓太郎の「棒鱈」、雲助の「九州吹戻し」2005/09/04 07:52

圓太郎の「棒鱈(ぼうだら)」。 「故障を入れる」という言葉を、説明してお かないと出来ない噺。 『広辞苑』によれば、「さしさわり、さしつかえがある と申し立てること。異議。」 優勝に「故障が入った」高校野球で、一番強いの は、明徳義塾。 選手がタバコを吸っていても、甲子園に出てくるのだから、 よっぽど強い。

品川に近い料理屋で寅さんと連れの江戸っ子が二人、テェーの塩焼、芋蛸の 煮たので、飲んでいる。 かなり出来上がっている連れは、芸者を呼びてえ、 年増がいい、年増ったって介護認定受けてんのはダメだという。 隣座敷は薩 摩のイモ侍、「アカベロベロの醤油づけ」「エボエボボウズのスッパヅケ」を注 文している。 まぐろの刺身と蛸の酢のものだ。 侍は芸妓を相手に「たぬき ゃの腹づつみがスッポンポン」、『十二ヶ月』「ニガチは初午テンテコテン」など とお国なまり丸出しの珍妙な歌を歌う。 江戸っ子はおかしくてたまらず、一々 口真似をする。 小用に立った連れが、隣座敷を覗こうとして、あやまって障 子を蹴倒してしまい、喧嘩になる。 仲裁に入った板前が、胡椒の棒を持った ままだったから、……。

 雲助の「九州吹戻し」もそうだが、最近の「落語研究会」、珍しい噺が多い。  雲助は、あまりやらないのは、時代が合わないからだろうが、二時間を一時(い っとき)と数えた昔に戻って、旅の気分を、と言う。 元若旦那のなれの果て、 柳橋の幇間キタリキノスケ、ふらり旅に出る。 肥後の熊本に着いた頃には一 文無しになっていて、江戸屋という旅籠にころがりこむと、主人が江戸湯島同 朋町の大和屋だった。 その旅籠で板場の手伝いから始めていろいろ、幇間の 真似事までやって、まる三年辛抱する。 主に預けておいたご祝儀が、自分の 見込みの二十七、八両より多い九十四両三分と聞いて、とたんに江戸に帰りた くなり、もう寝てもいられなくなる。 主が足してくれて百両、これも主が廻 してくれた奉加帳の二十七、八両を路用と土産に、出発する。 まだ夜が明け ない内に着いた浜辺で、明かりのついていたのが西海の船乗りの家だった。 千 五百石の便船で一路江戸まで二百八十里と聞き、船旅にする。 しかし玄界灘 で大嵐に遭い、二日二晩荒れに荒れ、吹かれ吹かれて薩摩の桜島に打ち上げら れた。 楽をしようとして、百二十里、吹き戻されたという勘定。