第九場「灸」の着想? ― 2005/09/19 08:37
芝居『小林一茶』の冒頭、暗い中、登場人物たちが影絵で、「元日や」の発句 を朗詠する。 それが、とてもよい。 たちまち「江戸の春」になる感じ。 井 上ひさしさんが、いろいろなところから引いてきたのだろう。 自作もあるの かどうか、それはわからない。
元日や何にたとえん朝ぼらけ
元日や空にも塵のなかりけり
元日や今朝は烏(からす)も憎からず
元日やはれて雀のものがたり
元日や人の妻子の美しき
第九場「灸」、一茶が上総富津の大金持の未亡人織本花嬌に恋をしていると、 花嬌の息子嘉右衛門が一茶の句を三句挙げて、指摘する場面がある。 一茶は 47歳(文化6年か)、花嬌は50歳だが年齢よりは14、5は若く見える、という 設定だ。 まず一昨年一茶が織本家でつくった発句「わが星は上総の空をうろ つくか」。 去年のは「蚊を焼くや紙燭にうつる妹が顔」。 「わが星」も「妹」 も母花嬌を指すのだろう。 「近よれば祟る榎や夕涼み」は、花嬌の前の俳号 が夏花、榎は木扁に夏、すなわち榎とは花嬌のことで、一茶は手折ってわがも のにしたいと思っているのだが、名家の未亡人が乞食俳諧師の想いを容れてく れるはずがない、下手に近よると祟るぞという句だと、いうのだ。
岩波文庫の『一茶俳句集』を見たら、「わが星は」と「蚊を焼くや」の句は載 っていた。 「わが星は」には「今宵星祭(る)夜なれば、二星の閨情(牽牛・織 女二星の出会い)はいふもさらにして、世に人の祝ひ大かたならず。」という前 書きがあり、文化元年(42歳)作。 「蚊を焼くや」は、寛政5年(31歳)の作。 しかし「近よれば」の句は『一茶俳句集』に見当たらなかった。 井上さんの 創作だろうか。 花嬌もまた一茶に想いを寄せているのに、庭男源助に身をや つしていたライバル俳人竹里が、花嬌の恋句を一茶のいる庵に届ける途中で逐 一改竄するため、この恋はすんでの所で成就せず、一茶は小さくならない「で ち棒」になだめの「へのこ灸」をすえる仕儀となる。 単なる挨拶句の前書き に「閨情」の字を見た井上ひさしさんが、発想をふくらませたのではないか。 奇想天外な展開をみせる井上芝居の、作劇術の一端を垣間見た思いがする。
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