小満んの「怪談乳房榎~重信殺し」前半 ― 2015/07/21 06:29
小満んは、先月の「ご相談」のつづき。 <起きてみつ寝てみつ蚊帳の広さ かな>は、加賀の千代女の句。 <お千代さん蚊帳が広けりゃ入ろうか>。 結 界の蚊帳をめくって入り込んだ磯貝浪江は、真与太郎の胸元に刀を突きつけ、 さあ、どうすると、おきせに迫る。 おきせは、暫時、言葉もない。
それでは、どうぞ…、一度だけで、あきらめて下さいませ。 良いご分別。 拙者の願いをかなえてくれ。 花に知られるといけませんので、ちょっと見て 参ります。 浪江は、逃げられないように、裾を押さえる。 本当に、一度だ けで、あきらめて下さいますね。 おきせは、いやいやながら、わが子の生命 を守るために、枕を交わした。
一度であきらめのつくものではない。 浪江は、またやって来て、何のかん のと言っては、二度、三度…。 その内に、憎からず思えるようになってくる のは、因果なこと。 夫の重信は、真面目な人間で、面白みがない。 絵のこ ととなると夢中で、夜中まで調べ物をしている。 おきせは夜中に渇水、肌寂 しい。 何か、ご用でございますか、と重信に、謎を掛けるのだが…。 浪江 は、若い頃から道楽三昧、周りにも不良がいて、知恵をつける。 かようにす ると、婦人は喜ぶ。 おきせの方が、夢中になる。 また、明日、来て下さい、 お花は使いに出しておきます。 先生留守の間だけのことだから、浪江は、先 生が戻らないことを考える。
六月、浪江は、黒の紗の紋付で、菓子折を提げ、菱川重信が泊り込んで絵を 描いている高田砂利場村の南蔵院へ。 五十一になる爺やの正介が、この暑い 中、遠い所を、と迎えた。 金平糖を誂えました、先生は下戸の方なんで。 こ れは有難い、寺には落雁ぐらいしかなくて。 見てもらいたい、本堂の天井画 を。 大層な御作でございますな。 龍の目と爪の鋭いこと、まことにお見事 で。 あと襖絵など、彩色ものが残っていて、昼は人が来るので、夜になって からやっておる。 薬師如来のご尊像を拝ませて下さい、ご柔和なお顔で、南 無薬師瑠璃光如来、南無薬師瑠璃光如来。 そそくさと、帰り仕度をし、今日 は途中に用事があるので、明日から泊りがけでお手伝いします。 正介どのを お借りしたい、お渡ししたいものがある。
馬場下の華屋という料理屋へ、正介を連れて行く。 寺方では魚に不自由だ ろう、焼き魚、照り焼きの折詰を先生に届けてくれ。 お前は、ここで飲んで、 遠慮なしに。 ご馳走になっていいんですか、先生は、夜、百目蝋燭おっ立て て、絵を描いていらっしゃる。 これは、私の気持だ、納めてくれ、五両しか 入っていない。 お前には、叔父甥の間になってもらいたい。 とんでもない、 百姓爺イとお武家様。 私は身寄り頼りがいない、お前の人間が正直なところ が気に入った。 含みがある、私は浪人だが、少しばかり蓄えがある、田地田 畑を手に入れ、小作でもさせたい。 お前に、それを見てもらいたい、という のが頼みだ。 おら、根っからの百姓だ、まかせてくだせえ。 叔父甥の盃だ。 お金も遠慮なしに取っておいてくれ。 二百五十石の家を出て、絵師になった 先生に拾われた。 先生の所に奉公して九年になるが、そんな金は見たことも ない。 ぐっと、お飲み。 生れは練馬の赤塚村在、木から落ちた猿みたいな もので、身寄りがない、五両で供養をぶちたい。
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