入船亭扇遊の「ねずみ」 ― 2017/04/03 07:01
世の中いろんなことがある。 19歳で入門して64歳になった。 高卒で、 同期も多かった。 今は、大卒が多い。 東大、京大も、ほんとにいる、馬鹿 じゃないかと思う、親御さんが気の毒。 前座の時、「旅」という、九州に行く ことになって、初めて飛行機に乗った。 小三治師と一緒だったが、親切で、 スチュワーデスさんに、いろいろ教えてやってくれと言ってくれた。 扇ぽう (という名前でした)、富士山が見えるぞ、と。 思わず見上げた、静岡の生ま れなんで、見下ろすと罰が当たる。 今は、飛行機、めったにない。 東北へ は、夜行の寝台列車で行った。 三段ベッド、下っ端は中段。 新幹線が出来 て大宮発、上野からリレー号というのがあった。 ゆっくり楽しもうという旅 は、昔がよかった。 歩くのには、味わいがある。
お泊りではありませんか、私の家に泊って下さいな。 坊や、宿はずれで、 客引きか。 大きな家ではありませんよ、きれいじゃない、障子が破けて、畳 も傷んでる。 泊まろう。 蒲団いりますか、二十文下さい、借りて来ます。 お客さん、先に行って下さい、仙台の町に入って、右に「虎屋」という大きな 家があります、その前の「ねずみ屋」という小さな家が、私の家で。
さすが六十二万石仙台侯の御城下だ。 この細かい家が、「ねずみ屋」だな。 お客様、泊まって頂ける、有難う存じます。 私は、腰が抜けておりまして、 裏の小川で足を洗って下さい。 小川はきれいで、広瀬川に流れている。 お お、坊や帰って来たか。 お客さん、ご飯食べますか。 寿司を言ってきまし ょう、五人前。 五人前? 私もおなかが空いているし、お父っつあんも寿司 が好きで。 酒も二升。
倅さんは、いくつ? 十二で。 遊びたい盛りだ、宿はずれで客引きをして、 えらいな。 中には、お腹立ちになる方もいて。 女中さんの一人でも置いた らどうだ。 年寄の愚痴話を聞いて下さい、私は前の大きな「虎屋」の主で、 奉公人も三十何人かおりました。 五年前女房に先立たれ、女中頭のお紺とい
うのを後添えに直しました。 その年の七夕祭の夜、どこの旅籠も一杯でして、 二階で喧嘩が始まりました。 止めに入った私は、どんと突かれて、階段を土 間まで落ちて、腰が抜けた。 医者、薬、加持祈祷、いろいろやりましたが治 りません。 一軒おいた生駒屋が友達で、おい宇平、倅の身体を見たことがあ るか、もうお前とは付き合わないぞ、と言う。 寺子屋から帰った倅の着物を、 無理やり脱がせると、身体中、生傷だらけ。 お父っつあん、おっ母さんは、 なぜ死んだのか、と泣く。
倅と二人、物置にしていた、ここに移った。 三度の食事を届けさせていた が、それが二度になり、一度になった。 腹は立ったが、腰は立たない。 生 駒屋が三度、三度の食事を届けてくれて、いつ「虎屋」を譲り渡したのか、と 聞いた。 譲り渡します、という一札に、印形が押してある。 しまった、印 形は置いて来たままだった。 飼犬に手を噛まれた、お紺と番頭がくっついて いた。 倅が、何から何まで生駒屋さんの世話になる訳にはいかない、宿屋を やろうよ、と。 物置だったので、ねずみがいっぱいいた、ねずみに義理を立 てて、「ねずみ屋」にした。
家に木っ端はあるか。 物置だったので、土間の隅に。 私がねずみを彫っ てみよう、お客さんを沢山呼べるように。 宿帳がまだでした、ご生国は? 飛 騨高山。 江戸日本橋橘町大工政五郎内、甚五郎。 あの飛騨の甚五郎様でし たか。 あくる朝までに、ねずみを一匹彫り、たらいに入れて、店先に出し、 竹の網をかぶせる。
おーい、ちょっくら来て、見ろや。 飛騨の甚五郎作「ねずみ」としてある。 たらいの中、ちょっくら、見せてもらう。 木の色だが、えごくぞ、えごくだ よ。 木を彫ったものが、えごくな。 えれえことになった、ここに書いてあ る、「但し、見た人は当ねずみ屋にお泊りを」。 家は八丁しか離れていない、 家のカカ様は喧嘩が強い、鬼嫁だ。 二人が泊ると、噂が広まり、どんどん見 物が増える。 二列の行列が出来、二間に八十六人、立っても寝られない。 建 て増しをして、小僧や女中も雇った。
「虎屋」、一人も泊らなくなる。 怒ったのが番頭、伊達様お抱えの彫師飯田 丹下に虎を彫ってもらった。 三日三晩で彫って、二階の手すりへ。 ねずみ をにらみつけると、ねずみが動かなくなった。 「ねずみ屋」の主、虎が座っ て、腹を立てた途端に、腰が立った。 江戸へ手紙を書いた。
甚五郎が、二代目政五郎を連れて、乗り込んで来る。 宿はずれで、坊やに 会う。 虎というのは、あれか、二代目、お父っつあんは大工の名人だ、あの 虎はどうか。 それほどいい虎とは見えません。 そう、目に恨みがある、よ い虎は額に「王」が出る。 おい、ねずみ、わしはお前に魂を入れた、それな のに、なさけないぞ。 あれは、虎ですか、あっしは猫かと思いました。
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