五街道雲助の「佃祭」前半 ― 2017/07/27 07:12
昔から江戸っ子は祭自慢で、三大祭と言えば、将軍様ご上覧の山王、神田、 あと一つが、三社、根津権現、深川とか、いろいろ言う。 神田お玉が池、小 間物屋の次郎兵衛さんは祭好き、女房はやきもち焼き。 佃祭へ行くと言えば、 誰かが白粉つけて待っているんでしょう、と。 芝神明の祭の時は、品川へ遊 びに? 芝で喜平さんに会って、品川で話をして遅くなったんだ。 八丁堀か ら、普段は五杯の舟が十杯出て、佃島へ。 住吉神社の祭礼、八角神輿を海の 中にかつぎ込むのを見物したりしている内に、深川八幡鐘の暮六つが鳴る。 暮 六つを過ぎては、舟を出さない決まり、仕舞舟の中は大勢の人だ。 剣呑、剣 呑、この舟に乗れないと泊まらなきゃあならなくなる。 次郎兵衛が乗ろうと していると、二十一、二の中髷丸髷で、紫の綸子の帯の女が、袖を引っ張る。 旦那様を、三年このかた、お探ししていました、と。 ちょっと、お待ちなさ い、仕舞舟が出てしまう。 あっ、行っちゃったよ。 旦那様は、三年前の今 日、六月十七日に両国橋で身投げを助けたことは…、三両下さったのに、お名 前も聞かずにしまった旦那様ではございませんか。 そう言えば、そんなこと もあったが…、だんだん思い出した、あの時は島田に結っていた。 六軒町に 住まっておりますので、お立ち寄り下さい。 仕舞舟が出てしまった。 ウチ の宿が船頭をしておりますので、お送りできます。 どうぞ、こちらへ。
どっしりした構えで、家の中には新しい花茣蓙が敷かれ、提灯が下がってい る。 何もございませんが、煮しめでも召し上がって。 ちょっとの間、お口 湿しに、一口だけどうぞ。 宿が戻ったら、ご挨拶させて頂きますから。 ぼ んやりしていると、祭の音が聞こえる。
バラバラバラッと、表を駆け出す者がいる。 声を掛け合いながら、走って 行く。 三十四、五の、色の浅黒い、身体が松の木のようにがっしりした男が 顔を出す。 仕舞舟がひっくり返った、人を乗せ過ぎたんだ。 それはいいこ とをした、お前さんにお礼を言ってもらいたい人が乗るところだったんだよ。 仕舞舟がしもった(湿った?)そうで、今頃私は川の中、金槌なので、命を無 くしておりました。 あっしは行かなきゃならない、後でご挨拶を致します。
今、戻った。 舟場は死人の山だ。 三年前の旦那様だよ。 井戸端で水を 浴び、浴衣を着ると…、あっしは金太郎というもんで、神棚をご覧になって下 さい。 金釘流で「両国橋で助けて頂いた旦那様」と書きまして、二人で朝晩、 御燈明を上げて拝んでおりました、命の親です。 差し引き勘定がつきました、 因縁は不思議ですね、三年前の今日助けたおかみさんに、今日は私が助けられ た。 かかあでなく、お天道様が助けて下すったんでしょう、一晩、泊まって いって下さい。 今日中に帰らないと、騒ぎが起る。 家内がやきもち焼き、 いや心配性で、舟を出していただけませんか。 間違いがあった時に、さい先 を切ることは、会所で止められている。 七つになれば、白々明けて来るでし ょうから、そうしたらお送りしますよ。
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