瀧川鯉昇の「蛇含草」後半2019/05/01 08:29

 火鉢に火が熾っているけれど。 知り合いが餅を送ってくれたんで、焼こう と思ってな。 いい時に来ちゃった、ご馳走様。 お上がりとは、言ってない。  言ってよ。 好きなだけ、お上がり。 これで全部ですか、しみったれた知り 合いで。 切り餅で、50から60ある。 こんなの歯くそ、朝飯前で。 切り 餅は、茶碗一つのかさがある。 歯くそ、朝飯前だ。 一つでも残したら、承 知しないぞ。 焼いて下さい。 何、つける? 何もいらない。

 (焼けた餅を手で)ポンポンポン(と叩いて)、フッフッフッ(と食う)。 お 前、噛まないのか? 呑みますよ。 こないだは黒砂糖の塊と間違えて、石炭 を食っちゃった。 クチャ、クチャ、クチャ、いい餅だね、米がいいのか、搗 き手がいいのか。 こんないい餅は久しぶりだ、よく伸びる、キューーーッ、 ポン、クチャ、クチャ。 口の利き方は肝心だね、隠居さんは人に食わせて、 そこで焼いてるんだ。 お茶飲むか。 いらない、餅の入る所がなくなる。

 芸当を、お目にかける。 出世は鯉の滝登り(伸ばして、口を持って行って、 食いつく)。 遊園地はブランコの餅(伸ばして、くわえて、揺すって、食う)。  お染久松、相生の餅(両手に持った餅を伸ばして、口を持って行って、食いつ くが、胸につかえて)、ウッ、背中叩いてくれ! ヒノフノミ! ハッハッ、も う少しで餅と心中するところだった。 さあ、食おう。

 もう少しというところで、どうにもならなくなる。 餅、六つ残った。 さ っきの元気、どこ行った。 下向くと、出そうになる、教えて、あと幾つ? ま だ六つある。 (体を揺すって、何とか一つ食う) ご隠居、あと幾つ? 五 つある。 歯くそ、朝飯前って、言ったじゃないか。 晩飯過ぎです。 お帰 り、お帰り。 下駄が見えない、吐く物(と、胸を叩き)ならここにもある。

 家に帰って、ドッタンバッタン、苦しんでいる。 そうだ、と思い出して、 蛇含草をムシャムシャ食う。 隠居が心配して、訪ねて来る。 大丈夫なのか い。 帰ってから、ドッタンバッタン苦しんで、うなされていましたが、今は 静かになりました。 戸を開けると、餅が甚平を着て、あぐらをかいて、布団 の上に座っていた。

古今亭文菊の「三方一両損」前半2019/05/02 07:17

 文菊は紫色の羽織、ブルーグレーの着物、気取って二段に腰を落として、出 て来た、頭はきれいにツルツルにしている。 三代続かないと、江戸っ子とは 言わないという。 自分も江戸っ子と言わない、自由が丘で三代続いているけ れど。 嫌味に聞こえたら、ごめんなさい。 「江戸っ子は五月の鯉の吹き流 し口先ばかりはらわたは無し」。 江戸っ子の塩辛は、作りにくい。 「江戸っ 子は宵越しの銭を持たない」とも言う。 留公、とんでもねえ奴だ、銭貯めて いるそうだ。 だから仕事がまずいんだ、張り倒せ。 そんな江戸っ子同士だ と、騒動が大きくなる。

 柳原でセーフ(財布)を拾っちゃった。 三両の金と印形と書付が入ってい て、書付に神田小柳町大工吉五郎とあったので、届けに行く。 煙草屋で、客 と思ってんじゃない、ものを訊ききたい、大工吉五郎ってのは、どこにトグロ を巻いてるんだい。 吉っつあんなら、その先で子供が石蹴りをしている路地 を入った突き当り、骨障子に丸に吉と書いてあるから、すぐわかる。 煙草屋 だけに、煙(けむ)にまいてやったよ、あんちくしょう。

 小汚ねえ長屋に住んでるな、欄間から煙(けむ)が出てる、何か焼いてやが んな、障子に穴開けて覗いてやれ。 間抜けなツラだな、鰯の塩焼きで一杯や ろうってんだ、江戸っ子だったら、もっとさっぱりしたものにしろ、しみった れた真似すんねえ。 何をぶつぶつ言ってるんだ、用があるなら、開けて入れ。  開けずに入れるのは、風か、すかしっ屁ぐれえのもんだ。

 (障子に手をかけ)勝負! 誰だ、お前は。 白壁町、左官の金太郎だ。 金 太郎だ? 赤くねえじゃねえか。 まだ、茹(う)でねえ。 これ、お前んだ ろう、柳原で拾って、届けに来てやった、受け取れ。 お節介えな野郎だ、セ ーフ(財布)落して、さっぱりして、いい心持で一杯やろうとしていたのに。  受け取りゃあ、今日中に遣い切らなきゃあならねえ、持ってけ、くれてやる。  中を見せてもらった、三両の金と印形と書付が入っていた。 印形と書付は、 もらっとこう、銭はいらねえ、持ってけ。 いらねえ。 やさしく言っている 内に持ってけ、持って行かねえと、張り倒す。 拾った財布を届けに来てやっ て、張り倒されるなんて、聞いたことがねえ、殴れるもんなら、殴ってみろ。  ボ、ボン! お前、本当にやったな。 ボンボンボンボン! 何を、ボンボン ボンボン!

 大家さん、大変だ、隣の吉公の所が、また喧嘩だ。 私は、ここの家守(や もり)です。 壁に張り付くのか。 家主だよ。 吉公め、とんでもねえ野郎 だ。 落した財布を届けてもらったら、シャケの一本も下げて、お礼に行くの が道理だろう、それを殴るなんて、とんでもねえ奴だ。 何を言いやがんでえ、 この糞っ垂れ大家、この長屋には三十六軒いるが、月々のものを晦日にきちっ と納めているのは俺ぐれえのもんだろう、それを海苔の一枚も持ってお礼に来 たか。 糞だって余所の長屋へ行って垂れてやってるぞ、この糞っ垂れ大家。  汚ねえ啖呵だな。 お前さん、この白髪頭に免じて、今日のところはおさめて いただきたい、この馬鹿を連れて行って、土間に頭をこすりつけるようにして 謝らせるから。

古今亭文菊の「三方一両損」後半2019/05/03 07:11

 おい、婆さん、金太郎かい、何かブツブツと言っているのは。 どうも、大 家さん。 汚ねえ形(なり)だな、前ははだけて、頭と履物には銭を遣えって、 いつも言ってるだろう。 鬢(びん)も垂れて、髪結床へ行ってねえのか。  朝、喧嘩しちゃったんだ。 偉えな、お前、江戸っ子は喧嘩しなくっちゃいけ ない。 上がれ、上がれ、婆さん、座布団持って来い。 どこでやった? 神 田小柳町。 乙な所で喧嘩したな、どういう訳なんだ。 柳原で財布を拾った。  ケツ上げろ、手前にやる座布団はない、婆さん、仕舞え。 上を向いて歩け、 かがみ女に、反り男って言うだろう、俺なんか九段の坂で引っくり返った。 財 布の紐が足に引っかかったんで、届けに行ってやったんだ、襤褸は着てても心 は錦だ。 婆さん、座布団だ、当てろ。 相手は喜んだろ。 それが受け取ら ないで、銭を持ってけ、ってんだ。 で、手が早い、ボコボコにされた。 お 前は、黙って殴られていたのか。 駆け上がって、鰯を三匹、踏みつぶした。  大家が止めに来たんだが、その吉公って奴の啖呵に胸がスーーッとした。 聞 いてみたいな、どんな啖呵だ? 何を言いやがんでえ、この糞っ垂れ大家、こ の長屋には三十六軒いるが、月々のものを晦日にきちっと納めているのは俺ぐ れえのもんだろう、それを海苔の一枚も持ってお礼に来たか。 糞だって余所 の長屋へ行って垂れてやってるぞ、この糞っ垂れ大家。 どこの大家も一緒だ と思ってね。 俺が言われているような心持になるな。 その大家がね、この 白髪頭に免じて、今日のところはおさめていただきたい、この馬鹿を連れて行 って、土間に頭をこすりつけるようにして謝らせるから、ってんで、帰ってき たんだ。

 じゃあ、俺の顏は、どうなるんだ、お前の大家である俺の顏だ、願書を認(し たた)めてやるから、かっこめ。 南町奉行、大岡越前守に訴え出る。

 一同、腰掛で待っていると、入りましょう、の声。 お白州の上には莚(ム シロ)。 同人衆、俗に青鬼、赤鬼というのが、十手、鉤縄、樫の六尺棒を持っ て控えており、警蹕(けいひつ)の声。 シーーーッ、シーーーッ、シーーー ッ。 どっかで、赤ん坊に小便させてんのか? こら、静かにしろ(と叩く)。  やさしくしろよ。 お奉行様のお出ましだ。 ドンドンドン。 大岡越前守様、 ご出座!

 一同、揃い居るか。 吉五郎、面を上げろ。 顔を上げるんだ。 金太郎が 拾って届けてきた三両を受け取らず、乱暴にも打ち打擲したしたと願書にある が、それに相違ないか。 へい、おっしゃる通りです、殴らねえと物に角が立 つ。 金太郎、なぜその三両を持ち帰らなかったのか。 ミャーーーオ、お奉 行様、真剣ですか、冗談言っちゃあいけませんよ、こちとら、そんなものを懐 に入れるような了見は持っちゃあいない、親方、棟梁と呼ばれるような出世の 災難には遭いたくない、エンエンエン! 泣いておるのか。 両町内の諍いの 元になりますので、三両は、お奉行様にお預け致したい。 三両は越前が預か ろう。 両名の気質、真の東男である、褒美に二両金ずつ下げ遣わす。 この 度の調べ、三方一両損である。 両名は三両が二両となり、奉行は一両出した ので、三方一両損となる、あいわかったか。

 両名の者、待て。 早朝から参っており、空腹であろう、膳を遣わせ。 テ エだ、テエだ、目の下一尺はある、三崎の本場だ。 御奉行様、ご馳走になり ます。 両名、いかに空腹でも、腹も身の内、あまり食すなよ。 なに、多く は食わねえ。 たった、えちぜん。

入船亭扇遊の「崇徳院」前半2019/05/04 06:35

 扇遊は橙色の襦袢の襟が目立つ。 お客様の中には慶應……明治は、いらっ しゃらないでしょうが、大正はいらっしゃるかもしれない。 令和になります が、団令子の令と言ったら、若い人は知らない、檀れいの間違いじゃないかと 言う。 東宝の団令子、お客様方はご存知でしょう。 昭和、いい、面白い時 代で、世の中について行けた。 テレビが家に来た日、覚えています。 街頭 テレビで、プロレスや相撲を見ていた。 日曜の6時には、てなもんや三度笠 を見て、シャボン玉ホリデー、隠密剣士を見た。 今、わからない。 楽屋も 変わった。 前座の時分、先代の小さん師匠が50代後半で、重み、貫禄があ った。 今、私は65で、瀧川鯉昇と同い年、軽い軽い、吹けば飛ぶようなも ので。 楽屋話も、昔はご婦人のお噂だったのが、今は病気の話で、薬や尿酸 値のこと。 ノーベル賞のiPS細胞で、難病も治してくれるようになるらしい。

急に奥さんの具合が悪くなって、びっくりする。 掛かり付けの先生を呼ん で来る時間がなくて、新しい先生に来てもらった。 私は店の方にいなければ ならないので、よろしくお願いします。 あのー、ご主人、栓抜きはあります か。 こんなんで、どうですか。 いいでしょう。 ヤットコは、ありますか。  これでどうですか。 まだ、唸っているけれど、大丈夫かな。 ノミと金槌を。  これで、どう。 よろしいでしょう。 先生、家内の唸り声がひどいけれど、 どこが悪いんでしょうか。 わからないんです、まだ鞄の鍵が開かないもんで。

 昔は「恋患い」というものがあった。 男女の仲が変わってきた。 約束も、 「何日に渋谷で5時に」でいい、あとは携帯で。 つまらないと思う。 以前 は、ハチ公の尻尾の方でとか、伝言板があって「3時間待ちました、また電話 します」とか、あれ見るのが楽しみだった。 昭和27年から29年に『君の名 は』というラジオドラマがあり、大変な人気で女湯がガラガラになった。 真 知子巻きってのが流行った。 今、流行ってるのは、恵方巻。 会えそうで会 えない、すれ違い、菊田一夫先生の作。 昔は「男女七歳にして席を同じうせ ず」といって、昔気質の人は奥さんと歩かない。 新宿で旦那と会って、奥さ んは? 今、品川を歩いてます。 想いが積もり積もって、お医者様でも、草 津の湯でも、ということになる。

 熊さん、来てくれたかい。 若旦那は、どうです。 倅には、弱った。 死 んだわけじゃない。 病気がわからない。 昨日来てくれた先生は、お腹(な か)の中に思っていることがある、というんだ。 倅が、熊さんになら話して もいいと言っている。 あと五日ぐらいしか持たない。 話に行ってきますか ら。 大事(でえじ)にし過ぎるんじゃないですか。

 大分、唸っているな。 若旦那! 大きな声を出しちゃあいけないってのに。  ハァーーッ、ハァーーッ、私にはわかっている、医者にはわからない。 言っ てごらんなさい。 笑わないかい。 笑いませんよ。 実はね、あの、ウフフ フフ、私の病気は「恋患い」。 笑ったね。 いっぺんだけ、笑わせて下さい。

 二十日前、上野の清水様、見晴らしがよい。 お供の女中を3人連れたお嬢 さん、水の垂れるような人、いい女だった。 そのお嬢さんが膝の茶袱紗を落 したんで、拾って渡してあげた。 信あれば徳あり、桜の枝に下がっていた短 冊が風に吹かれて落ち、お嬢さんがそれを拾って、私の座っているそばに置い た。 短冊には「瀬をはやみ岩にせかるゝ滝川の」という崇徳院様の歌、心の 歌が書いてあってね、それ以来、何を見てもお嬢さんの顏に見える。 鉄瓶も、 掛軸の達磨も、熊さんの顔も、みんな水の垂れるようなお嬢さんに見える。 だ けど、どこの誰かがわからない。 短冊を貸して下さい、また来ますんで。

入船亭扇遊の「崇徳院」後半2019/05/05 08:20

 ああ大旦那、わかりましたよ、若旦那は「恋患い」です。 これこれこうい うことだが、どこの誰かがわからない。 まだまだ子供だと思っていたのに、 水の垂れるようなお嬢さんなんだろうな。 親子だね、同じことを言う。 そ のお嬢さんを見つけたら、お前の住んでる三軒長屋をお前さんにあげましょう。  探しておくれ。 清、草鞋を十足、熊さんの腰に巻き付けて。 倅は五日しか 持たないんだ、もし見つけられなかったら、倅の仇だと名乗って出るからな。

 お前さん、お帰り。 親馬鹿チャンリン、蕎麦屋の風鈴、名前も住んでる所 もわからないんだ。 運が向いて来たよ、ここにもう十足ある、腰に巻き付け て。 荒物屋の店みたいになっちゃったよ。 熊さんは、翌日も、翌日も、翌 日も、水の垂れるようなのはありませんか、と探して歩く。 大勢集まってい るところで、声を出してみようか、「瀬をはやみ…」、「瀬をはやみ…」、お湯屋、 床屋がいいと言われて、歌を読む。 若旦那より、俺の方が先か。 「瀬をは やみ…」、「瀬をはやみ…」、ずいぶん子供が付いて来た。 床屋に入れって言っ ていたな。 今、空いたところだ。 また来るよ、五、六人つかえている方が いい。 ドブ掃除みたいな人だな。 別の床屋に入り、煙草を喫って、「瀬をは やみ…」とやる。 びっくりした、あなた、それ崇徳院様のお歌でしょう、ウ チの娘がのべつその歌を口にしています。 エッ、お嬢さんは、おいくつで?  八つ。

 湯屋に十八軒、床屋三十六軒、「瀬をはやみ…」とやって歩き、もうヘトヘト、 顔はヒリヒリ、頭はツルツル。 こんちは! 鳶頭(かしら)、どうしたい、具 合が悪いのかい。 患っているのは、お店のお嬢さんだ、それであっちこっち 駆けずり回っている。 三、四日前に、わかったんだ、「恋患い」だって。 二 十日前、上野の清水様で、お嬢さんが茶袱紗を落した、それを拾ってくれた人 がいて、それから三日、身体が震えた。 以来、お粥も喉を通らなくなって、 奥の一間で泣いている。 相手がわからず、見つければと、一斗樽(ひとだる) 二十本積んで、探しているんだ、祝儀はどれだけ出るかわからない。 「瀬を はやみ岩にせかるゝ滝川の…」。 三軒長屋、三軒長屋!(と、首をつかんで)  こっちは酒樽が二十本、酒樽が二十本! (お互いに、自分の方へ連れて行こ うと、)取っ組み合いをしちゃあ、いけない、鏡が割れるよ。 心配するな「割 れても末はあわんとぞ思ふ」。