柳家花緑の「不動坊火焔」下 ― 2020/08/26 07:21
いい時刻になったな。 徳さん、うまくこしらえたな。 (噺家が来る)こんばんは、有難うございます。 驚かすな、怖かったよ、その顔。 大家夫婦が帰って、夫婦が寝るところだ。 万さん、来ない、あいつ、いつも遅れて来るんだ。 先に行こう。 梯子仕込んできた、立てるから。 鉄っつあん、下、押さえててくれ、先に上がる。 上がったよ、先に幽霊を上げて。 着物、引きずってるのか。 ぶらさがった時、足が隠れるように。 梯子上がって来るのに、駄目だ、それ、たくし上げて、はい、こっち。 鉄っつあん、火の玉だ、ゆっくり上がって来い。 来ないね、万さん、忘れたのかな。
来た、来た、駆け出して、馬鹿だね。 チンドン屋の恰好、そっくりしてきたよ。 笠、いらないだろ。 これないと、気分出ない。 脱いで、置いてきな。 梯子、後ろ向きに上がって来た。 大安売り、越後屋、呉服屋の宣伝なんか抜いて。 気分が出ない。 万さん、ゆっくり、落ち着いて。
これから引き窓、開けるから。 開いた、開いた。 では、三尺でしばって頂いて、上の方で。 下の方だと、頭が重いんで、逆さまになっちゃう。 痛い位が安心で。 火の玉のほうを先に、明りを頼りに降りますから。 マッチ、俺、持ってる。 万さん、買ってきた瓶、こっちへ。 こんなにいらないのに(と、瓶の蓋を開ける)ボロ布にしめして、マッチを擦る。 アッチッチ! おかしいね。 何これ、点かないな。 また、マッチを擦る。 アッチッチ! これ、万さん何? 箸で掻き出せば。 甘ったるい匂いがする、何、買ってきた? アンコロ。 アルコールって、言ったよ。 万さん、俺が火を点けるの、見てたじゃないか。 お前、物識りだろ、そういうこともあるのかと思って。 アンコロじゃ、火は点かないよ。 沢山食べると、胸が焼ける。 間抜け、馬鹿、すっとこどっこい! そんなに悪く言うな、新しい生活様式、ウィズコロナとか、みんなが言うから、それで集まったんじゃないか、何だよ、お前、上から上から言うんだから…。 大変だったんだ、旨いのと思ってわざわざ隣町まで行って買って来た。 この格好だから、子供らがついてきたんで、少しドンチャンやって、あそこの店旨いから、鯛焼きとか並ぶんだよ、ようやく俺の番が来て、餡子屋の親爺びっくりしてた、瓶に詰めるのは初めてだって。 馬鹿。
喧嘩しないで、仲良く、火の玉、要りませんから。 お先に、勉強させて頂きます。 三尺を持って、持って、セーーノ! おい、どうだ、こんなもんで。 (正吉、幽霊の手をして、下がって行く) ハイハイ、真下にへっついがあるんで、もう少し下ろしてくれると、足が楽で。 鳴り物を、太鼓。 万さん、太鼓だよ。 俺が悪かった、何が食べたいって、隣町の餡子だよ、あとでみんなで食おう。 すぐだから、背中向けて黙ってないで、太鼓だよ、早く、重いんだ。 うるせえ、手前えが偉いと思ってるな。 ドーーン! ドンチッチ、ドンチッチ! 止めて下さい、その太鼓。 驚いちゃいますから、太鼓要りません。
台所が、うるさい、ちょっと見て来る。 何だ、お前? うらめしー、うらめしー。 何の幽霊だ? (上を向いて)私、何でしたっけ。 不動坊火焔。 不動坊火焔の幽霊だ。 お滝さん、ちょっと来て。 何だって、お前さん、こんなところに出て来たんだい。 (上を向いて)何でしたっけ? 忘れてるよ。 四十九日も過ぎぬのに、嫁入りするとは、うらやましい、ハッ、うらめしい。 手前えが死んだから、いけねえんだ。 死んだから知らねえだろうが、百円という借金を残した、大家さんが間に入って、俺がお前の借金を引き受けたんだ。 礼を言われたっていいのに、怨みを言われる覚えはない。 すみません、そういう事情は知らないもんですから。 謝ってるよ、驚かすんだ。 うらめしい、うらめしい! 気持はわかるよ、女房、よその男にとられて…、だから俺立派に供養する、坊さん呼んで、墓もしっかり建てるから、それでもって浮かんでくれ。 そんなことしなくていい、お墓とか建てるとお金がかかりますから、十円札の一枚もくれれば、すぐ浮かびますから。 安くなっちゃつたね、地獄の沙汰も金次第っていうからな。 お滝さん、お使い立てして、そっちの部屋の長火鉢の二段目か三段目の引き出しに、お財布入ってますから。 あ、どうもありがとう。 いくら? 十円。 十円札どうするの? へっついの角に置いて頂ければ、足でかき寄せます。 幽霊は足がねえんだろう。 なりたてで、うっかりしてました、(幽霊の形の手を出し、)持たせてくれれば…。
それでは、ご夫婦、末永くお暮しください、高砂やーーッ! 十円もらって、寝返っちゃったよ。 それでも、やっぱり、うらめしい。 まだそれでも、宙に迷っているんか? 宙にぶら下がっております。
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