隅田川馬石の「湯屋番」2024/01/29 07:06

 馬石は、気を入れて聴く噺じゃない、こちらは気を入れて演りますが、と始めた。 遊びが過ぎて勘当された若旦那、二階に居候している。 起きて来なさい、今、何時だと思ってるんですか。 下から、声をかける。 話がある。 (大きな声で)下りて来なさいッ! 朝、起きたら、することがあるんだ。 顔を洗う。 井戸端まで行くのは寒いから、バケツの水で。 雑巾がけしたバケツですよ。 いいんだ、手拭がないから、手ではらって、待つ。 はい、手拭。 次に、お天道様に手を合わせる。 お天道様は、もう西に回ってる。 お留守見舞だ。 何を祈るんで? その日の災難を逃れさせる。 お茶をどうぞ。 薄い、ぬるい。 言いたかないけれど、言うことがある。 言いたかなければ、言わない方がいい。 人は、努力しなけりゃいけません。 井戸端まで行けば、蛇口をひねれば水が出る。 働かなきゃいけません。 働くところを決めてきた。

 どこです? 浜町の桜湯、銭湯だ、乙なおかみさんがいて、桜湯小町といわれている。 あそこの湯に入って、<こうしてこうすりゃこうなるものと知りつつこうしてこうなった>なんて、色っぽい文句の都々逸、小唄、端唄、新内を唄い、義太夫の五段も語っているうちに、人事不省になって、湯に浮いちゃった。 山本さんという親切な人が、引っ張り出してくれた。 その人の世話で、桜湯で働くことに。 桜湯の主(あるじ)は、肺病で死ぬ。 四十九日に、伯母さんから手紙が来て、今度来た番頭さん、頭がよくて働き者、あれと一緒になったらどうか。 釜の横の鉋っくずまみれになっているだけでは、男が廃る。 親の仇を討つ身の上だが、行くことにする。 ご両親は健在だ。 ここで頭(かしら)には世話になった、お礼に五万円を、お取り、お取り。 そこを見込んで、三万円、貸してくれ。 奉公するんですか、思い立ったら吉日、努力ですよ、努力、ちょうど潮時だ。

 もし、あんた、駄目だ! そっちは女湯ですよ。 あんたは、初めてじゃないでしょ、湯に中った人だ。 山本さんの世話で来ました。 じゃあ、まず外回りから。 外回り、銭湯の宣伝、外交をして歩くんで? 荷車引っ張って、そっちこっちで、焚き付けになり易いものをもらって来る。 それ、嫌、三助、女湯専属の、やりたい。 三助をやるには、三、四年、辛抱できる? そこ、番台は、どう、見えるんでしょ。 よろしゅうござんす、私がおまんまを食べる間、お願いします。 おかずは何? 桃屋の花ラッキョウ。 私が下りてから上がって来て、そう急かないで。

 自分が死んで、湯屋を乗っ取られるのも知らないで、花ラッキョウでお茶漬けか。 女湯、誰もいないじゃないか。 男湯は、一ケツ、二ケツ、三ケツ、四ケツ、五ケツ、六ケツ、七ケツ、八ケツ…、三番目は特に不潔だ。 男が出たら、女湯専門の銭湯にしよう。

 色っぽいお妾さんが、吾妻下駄をカラコロカラコロさせて、女中のお清とやってくる。 新参の番頭さん、いい男じゃないかって。 糠袋かなんか、あげる。 お暇なときに、お遊びに、なんて。

 すぐには行かない。 頃合いを見計らって、家の前を通る。 お清が見つけて、ちょいとお姐さん、あなたがいつも噂している、おぶう屋のお兄さんが、と声をかける。 奥から、泳ぐように(と、馬石は、派手に泳ぐ格好をして)出て来て、今日はお休みで? (わざわざ来たというのはまずいので)お袋の墓参りで。 今日は、旦那は留守、どうぞお上がりを。

 番台を見ろ! 番台! おもしろいぞ、番台を見に行こう。 お清、お酒の仕度を。 では、ちょっとひっかけて、お話を。 私も、そのお盃で。 (嬉しそうな、やったりとったりを、派手なしぐさで)今、盃洗でゆすがなかった。

 番台で、おでこ叩いて、喜んでるよ。 長居はよくない、そろそろと言っているところに、雨。 細引きの、やらずの雨かも知れません。 小止みになるまで、待ちましょう。 すると雷がゴロゴロ鳴り出した。 だんだん近くなってきて、ピカッ、ピカッ、カリカリ、ドッスーーン! (馬石は、手の平をヒラヒラさせるなど、そのそれぞれを派手な格好でやってみせる) お清、蚊帳を吊って。 お兄さん、蚊帳の中へ。 (まだ、入っちゃいけない、)私はここでやってます。 中へ、早く。 入らない。

 あの野郎、蚊帳の中へ入ればいいじゃないか。 きっかけは、近くに落ちます。 雷様に、ご祝儀を出さねばならない。 ピカッ、カリカリ、ドッスーーン! いよいよ、蚊帳の中へ。 姐さんが、気を失ってる。 盃洗の水をかけるわけにいかない、しょうがない、口移しに。 アッ、飲んじゃった。 もう一度、口移し。 姐さん、お気付きになりましたか。 今の水、美味かったこと。 結びの雷、嬉しゅうござんす。

 あの野郎、番台から落っこちて、何か言いながら、また上がっていったよ。

 笑った、笑った、馬石が化けたか、師匠の人間国宝を寿ぐかのような、いい出来だった。

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