五街道雲助の「千早ふる」2024/03/07 07:03

 前座の入船亭扇ぱいが、めくりの台を袖に持ち帰り、表紙の「落語研究会」に戻して、そのまま舞台に置く、意味不明の行動をした。 「千早ふる 雲助」が、なかったのか、間違っていたのか、謎である。

 雲助は、知りもしないのに、知ったかぶりをする人がいる、と始めた。 兄イ、いますか。 聞きてえことがある。 何でも、教えてやる、森羅万象、神社仏閣、横断歩道。 ウチに、あまっちょのガキがいて、札の取りっこをして遊んでいる。 コイコイ。 桃色遊戯じゃない、役人衆とかいう。 小倉山百人一所だな。 いい男がいるでしょう、ほら浅草から東武線で隣の駅。 業平か、残念だな、あそこは今、東京スカイツリー前になって、小さん師匠のくすぐりは駄目だ。 その業平の歌、なんでしたっけ。 度忘れした、あの歌、ここまで(口の中を指し)出てるんだが、覗け! 覗いても見えない、千早ふる…、神代もきかず竜田川…、からくれないに水くぐるとは、ってやつ。 お前、何で知ってる? 娘が何度も繰り返すんで、耳タコになっちゃって。 娘がね、その歌のワケを聞くんです。 いきなり、だしぬけに、ことわりもなく。 そういうことを教えてもらうために、学校へやっているのに。 教えてやるけれど、はばかりで小便が先だって、出てきた。 帰れない、家の娘だ、嫁に行くまで家にいる。 あの歌のワケを教えて下さい。

 お前は失礼だ、そういうことは4、5日前に速達かなんか出すもんだ。 今度から、そうします。 今ので、気分を害した。 教えて下さいよ。 一番初めが、「ちはやふる」、次は何だっけ? 「神代もきかず」。 はなからやると「ちはやふる神代もきかず」だ、業平の歌だな。 それは、わかってんで。 お帰り、お帰り。 「ちはやふる神代もきかず」とくりゃあ、ものの順として、あとはどうしたって、「竜田川からくれないに水くぐるとは」ってなるな。 きれぎれに言っただけじゃないですか、ワケを教えて下さい。

 「竜田川からくれないに」の竜田川だが、素人料簡で何だと思う。 川の名だと思うか? そう思え。 思います。 川の名だと思うのは、畜生の浅ましさ、とんでもない馬鹿野郎だ。 相撲取だ、江戸時代の…、断ち物をした、女を断ったな。 五年もすると、立派な大関になった。 贔屓に連れられて、吉原へ行き、不夜城で、娼妓の花魁道中を見た。 清掻(すががき)という三味線に乗って、チャンランチャンランと絶世の美人揃い、三番目に出てきたのが、当時飛ぶ鳥も落とす勢いの千早大夫だ。 いい女だった、夜中の小便。 目も覚めるようないい女、竜田川はブルブルッときた。 あの女と、一晩、話がしてみたい。 だがそういう花魁は、大名道具といわれて、相撲取や噺家なんぞの座敷には出ない。 わちきは嫌でござんす、と振られた。 ではと、妹花魁の神代大夫にも話をすると、姉さんの嫌なものは、わちきも嫌でござんす。 二人に振られた竜田川は、相撲取を辞めて、豆腐屋になったな。

 なんで五年もかかって立派な大関になったのに、豆腐屋になるんですか。 いいんだよ、両親は故郷(くに)で豆腐屋をやっていた。 その店が傾きかけていて、このままでは親不孝、倅や倅と言ってると、とうふの方からの風の便りで、帰ったな。 五年かけて、元のように立派な豆腐屋になった。 兄イの話は、五年ばかりだ。

 秋の日の暮時分、身にそぼろをまとった女乞食が来て、三日三晩何も食べていない、卯の花をひとつかみ、頂けないかと。 すくう手と受ける手、見上げ見下ろす顔と顔。 びっくりするのも、無理はない。 チャチャンチャン、浪花節でやるといい。 この女乞食、誰だと思う? 千早大夫の成れの果てだ。 何で絶世の花魁が五年で、女乞食になるんです。 いいだろ、乞食は誰でもすぐになれる。 竜田川が、卯の花をやれるかと、女乞食の胸をドーーンと突いた、元大関に突かれたんだ、よろよろとよろけると、そばに井戸があった。 井戸につかまって立っていて、竜田川の方をうらめしそうに見ていたが、井戸にドボーーン、あえなく井戸に落ちにけり。 だが幽霊になっては出ない、腹が減って出られない。 これが歌のワケだ。 今のが、歌のワケなんですか。  千早大夫が振って、妹の神代大夫も聞かない、竜田川は卯の花をやったか? おからをくれないだろう。 からは、おからですか? 差支えあるまい。 水くぐる、は? 井戸に飛び込みゃあ、くぐるだろう。 じゃあ、最後の「とは」は? 勘定高い男だな、端(はした)は負けとけ。 負けられません。 あとで、よく調べたら、千早の本名だった。