神聖な火を得る「火鑽」の儀式 ― 2025/11/03 07:10
ハーンは、こういうことを聞いた、として、こう書いている。 大社は、毎年、新しい火鑽(かさん、ひきり)を受ける。 この火鑽は、杵築でつくられたのではなくて、熊野(熊野大社・現 松江市八雲町熊野)でつくられるのである。 熊野には、火鑽のつくりかたの規則が、神代から伝わって残っている、と。
「火鑽」とは、鑽火(きりび)、神道において古代から行われている神聖な火を得る原始的な発火方法で、火鑽杵(ヤマビワ材)を火鑽臼(ヒノキ材)に激しく擦り合わせ、忌火と呼ばれる神聖な火を熾し、神饌の調理など、神事に用いる。
なぜ、熊野から火鑽を受けるのかというと、出雲の初代の国造が、はじめて大社の宮司になったとき、日の神の弟で、いま熊野に祭られている神から、大社の火鑽を受けた、という故事によるのである。
ごく近年までは、杵築の宮司に、その年の新しい火鑽をわたす儀式は、「卯の日祭り」という祭りの日に、神と人間の母なるイザナミの神をまつった、大庭(おおば)の神社(神魂神社・かもすじんじゃ、現 松江市大庭町)でとりおこなわれた。 年に一度の祭りの日には、国造は、ふたかさねの餅をそなえものに持って、大庭へ出向いて行く。 大庭では、亀太夫という男が、これを出迎える。 この亀太夫という男が、熊野から火鑽を持ってきて、大庭の神官に渡した男なのである。 慣例によって、亀太夫はちょっとおどけた役を勤めなければならない。 国造が大庭の神社に持ってきた品に、なんでも片っ端からケチをつけるのだ。 亀太夫は餅を検(あらた)めて、難癖をつけはじめる。 餅が小さい、色が白くない、粉もきれいに引いてない、などと。 ありもしない餅のアラを言い立てるのに対して、神官たちは、いちいちていねいに、それを説明したり、弁解したりするのである。
国造が大庭に行く日か、あるいは、大庭から帰ってくる日か、どちらかの日に、毎年かならず、きまったように大あらしが吹く。 だいたい、この旅は、出雲でいちばん空模様の荒れる時期(新暦の十二月)に行われるわけだが、一般の信仰では、この時のあらしは、国造の神聖な人格と重大な関係をもっているものと信じられている。 この季節の定期的な大あらしは、この地方では「国造荒れ」といわれている。 出雲では、ほかの時期でも、たまたまあらしの吹く日に着いたり、出立したりする客があると、「まあ、ほんに国造さまのようであらっしゃるげな」とおもしろいことを言う習慣が、今でもある。
出雲の「火鑽」については、下記の「熊野大社の鑽火祭」というブログに詳しい。 https://blue32earth.blog.fc2.com/blog-entry-640.html
時代劇などで、出立の際に火打石をカチカチ鳴らすのも、この「火鑽」の風習と、火が持つとされる神聖さと厄除けの力からきているのだそうだ。
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