まだまだ、「サワコの朝」傑作選2015/10/11 07:20

《佐藤健(たける)・4月25日》 埼玉の高校生の時、原宿に出て来た“初” 原宿でスカウトされて、十年。 ドラマ『天皇の料理番』では、シャトー剥き、 シャトーブリアンのステーキに添えるジャガイモの剥き方を、さんざん練習し た、とやって見せた。 これを見て、わが家では『天皇の料理番』を見ること になった。 まんまと番宣に乗せられたけれど、いいドラマだった。

 《樹木希林・5月30日》 内田裕也は、おだてろ、おだてれば、木にも登る、 というけれど、落ちる人だ。 内田には「晩節を汚すな」と、言われている。

 《大石静・6月27日》 頻繁に行き来していた隣家の旅館、駿台荘(?)の 養女になり、いろいろな人間模様を観察した。 大河ドラマ『功名が辻』を書 く(仲間由紀恵、上川隆也)。 いい男、内野聖陽、佐々木蔵之助、長谷川博己 (ひろき)に言及。

 《鬼龍院翔(ゴールデンボンバー)・7月4日》 浅草の自営業の次男。 近 づいて来る女は、みんな金目当てに見える。

 《宇崎竜童・阿木燿子・7月11日》 70歳。 明治大学の入学オリエンテ ーションで軽音楽部に入った宇崎が、見初めて、勧誘した。 最近は「メロ先」。  阿木は「ピンと来ない」、「これでいいの(遺作になるかも)」と、きつい言葉。  「馬鹿にしないでよ、そっちのせいよ」、「女はいつも待ってるなんて 坊や、 いったい何を教わってきたの」、『プレイバックpartII』を18歳で歌った山口 百恵はすごかった。 『港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ』の出だしは、どう やっても『スーダラ節』になっちゃうので、セリフにした。

 《萩本欽一・8月8日》 74歳の大学1年生、年を取ると人と会うのがいい そうだが、大学にはウジャウジャいる、「欽ちゃん」と声をかけてくる。 ボケ ないためには、「足す」ことが必要だそうで、大学に入ったのは「足す」ため。  坂上二郎は、誰もが組みたがらない人だった、組んでみたら、いい人だった。  運は、後ろから来る。 司会は嫌いだったが、初めてアシスタント(女子アナ など)をつけ、成功した。 いろいろなことの頂点でやめるのはなぜ、と聞か れ、山を登って、ヘリコプターで降りる。 これからどうする? と聞かれ、「教 えない!」。

 《中村吉右衛門・9月5日》 松本白鸚(幸四郎)と先代吉右衛門の娘・正 子の間に生れた二人の子、兄の現・幸四郎と吉右衛門。 祖父である先代吉右 衛門の養子になった。 フランス文学をやりにフランスに行きたいと、ジゴロ になる覚悟もしたら、祖父が「好きにしろ」と、そっぽを向き、結局、歌舞伎 役者の道を進む。 実はフランス人の彼女がいた。

 《ピーター・9月19日》 鹿児島のラ・サール中学の時、母の所から家出し て、原宿でゴーゴーボーイになった。 舞踊家の父・吉村雄輝の名をポロッと 話したら、客の中に舞踊の世界の人がいて、歌舞伎座に出ていた父に連絡、大 阪の父の家に連れ戻され、中学を卒業、桃山学院高校に入ったが、また家出し た。