「『時事新報』のキャンペーンと武藤山治の暗殺2024/05/10 07:05

 武藤山治は、明治17(1884)年慶應義塾本科を卒業、渡米して働きながら学び、帰国後、新聞広告取次業、雑誌社の共同経営、ジャパン・ガゼット記者、イリス商会勤務を経て、明治26(1893)年三井銀行に入り、翌年鐘淵紡績に移り、社長まで務めた。 一方、大正12(1923)年実業同志会を作り政界に進出、翌年衆議院議員となり、官業民営化や首相公選制を提案、治安維持法に反対する。 鐘紡社長辞任後、政界も引退した昭和7(1932)年、大きな赤字を抱えていた時事新報の経営再建を引き受ける。

山治の孫、武藤治太著『武藤山治の先見性と彼をめぐる群像~恩師福澤諭吉の偉業を継いで~』に、「彼の最後の戦いである『時事新報』の再建に尽力したのは福澤先生との深い繋がりの結果であって、福澤諭吉に学んだからこその火中の栗を拾う行動であった」とある。 門野幾之進、池田成彬、小林一三といった人たちから、「お前は福澤の弟子だろう、なんとか引き受けろ、お前しかいない」と引導を渡され、最初はイヤイヤ引き受けたけれど、引き受けた以上は「火の玉山治」と言われた人だから、その経営に全力投球する。 論説も書き、経営も軌道に乗り出した昭和9(1934)年1月から「「番町会」を暴く」の連載を始める。

 一部繰り返しになるが、この本の説明がわかりやすい。 昭和8(1933)年の秋頃、特殊銀行であり、政府の救済を受けた台湾銀行保有の帝人株、22万株がひそかに政界財界の要人に不当に安い価格で売り出されたという情報を、武藤山治がキャッチする。 かねてから政商の暗躍に、非常な問題意識を持っていた武藤は、正義感から「「番町会」を暴く」の連載を始める。 「番町会」というのは、郷誠之助という財界の世話役がおり、郷誠之助自体は非常に立派な人物で、汚職に手を染めるというような人でなかったが、親分肌の人だったので、彼のまわりには政界、財界、官界の若手が集まったわけだ。 郷誠之助の邸宅が麹町の番町にあったので、「番町会」といわれていた。 そのメンバーは、若手政商の永野護、長崎英造、戦後は日本開発銀行の総裁になった小林中、小松製作所の社長になり大臣もした河合良成、読売新聞の正力松太郎、商工大臣もやった中島久万吉、鉄道大臣の三土忠造。 この番町会のメンバーが密かに、台湾銀行が保有していた帝人株の払い下げを安価で受けたという、告発キャンペーンを『時事新報』は始めたのだった。

 具体的には、1株120円で22万株を買い受けたらしい。 買い手がなかったから我々が買い受けたといっているが、120円で買い受けたあとすぐに、帝人は増資計画を発表する。 当時は額面増資だから、50円だ。 50円のものが150円まで市中相場が高騰してしまったわけだ。 まさに濡れ手で粟、リクルート事件とそっくりの事件で、今でいうインサイダー取引の教科書に書いてあるようなものだ。 台湾銀行は、一時閉鎖に追い込まれたのを、政府が6億円の金を出して救済したのだから、当然台湾銀行の所有物は国民のものであろう、それを不当に安い価格で特定の人に割り当てるというようなことは、もってのほかであると、「「番町会」を暴く」の連載記事は厳しく追及した。

 この記事が導火線となり、国会で取り上げられ、検察も捜査を開始する。 武藤の死後になるが、元大臣、官僚、帝人の社長など16名が背任、収賄などで逮捕・起訴される「帝人事件」に発展する。 「帝人事件」は、最終的には証拠不十分で無罪になった。

 「「番町会」を暴く」のキャンペーンは、昭和9(1934)年の3月末に終了する予定だったが、昭和9年3月9日の朝、武藤山治がいつもの通り出勤のため、北鎌倉の駅へ徒歩で向かっている途中、待ち伏せしていた暴漢が突然襲い、ピストルを5発発射した。 武藤に命中したが、即死ではなく、武藤をかばおうとした書生の青木は頭に1発を受け即死、病院に収容された武藤も、翌3月10日帰らぬ人となった。

 犯人は、その場で自殺し、後に脅迫状が発見されたりするが、真相はいまもわかっていないそうだ。 客観的に見るならば、ちょうど武藤は帝人事件の追求に渾身の努力を傾けていたのだから、やはり武藤を恐れる、彼の死によって最も利益を得た人、こういう者が誰であったかということを暗示しているという。

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